東京の地形を歩く 陣内秀信さんが選ぶ本

2012年04月29日

東京の凹凸を強調した3Dマップ=『東京「スリバチ」地形散歩』から

■大地から生まれる都市の気配

 「タウンウオッチング」や「路上観察」の言葉とともに80年代に始まり、今やブームが定着した東京の街歩きだが、近年、特異な動きが目を引く。起伏に富む東京の地形に注目し、その特徴と面白さをマニアックに探求する試みだ。超高層ビルが増え、古い建物や路地が消え去るなか、逆に時間を超越して存続する大地の重要性にこだわり、その凸凹地形が生む摩訶(まか)不思議な都市の気配に、東京らしさの神髄を見抜く。抵抗の精神と洒脱(しゃだつ)さを併せもつ独特の都市論だ。

■太古の歴史から
 この道を切り開いたのが、タモリと中沢新一という立場の違う2人の論客なのが興味深い。『タモリのTOKYO坂道美学入門』(2004年)は、坂道の高低差が大好きなタモリが自ら都内の坂道を写真でとり、勾配や湾曲の具合を確かめ、名前の由来等からトポス(場)を描く街歩きの決定版。それが現代東京に隠れた歴史を発見するNHKの人気番組「ブラタモリ」に繋(つな)がり、古地図を手に地形を歩くブームの火付け役となった。
 一方、中沢新一『アースダイバー』(05年)は、宗教、民俗、考古、地質等の学問を駆使し、地形を歩きつつ太古の歴史に誘う。80年代後半に「江戸東京学」が登場し、東京の下の江戸を認識させたが、中沢はさらに下に潜み、見え隠れする深奥の層に迫った。縄文海進で水面が奥まで浸入していた頃の地形を示す「縄文地図」を武器に、後に海が後退して陸化した凸凹の低地や斜面にある湧水(ゆうすい)、神社、墓、池、花街に湿地の猥雑(わいざつ)さ、エロスの気配を感じ、聖と俗の無意識世界を描写して東京の風景を一変させた。
 同様の発想で、地道に独自の調査を続けていた地形こだわり派の面々が、2人に触発されたかのように続々と面白い本を世に出した。松本泰生はタモリの階段への偏愛ぶりをさらに徹底させ、『東京の階段』(日本文芸社・1680円)で東京の名階段126を取り上げ、「異空間」として階段の美しさと楽しさを存分に語る。一方、『「東京」の凸凹地図』は、何万年という長い時間をかけ水の力で地形が形成される仕組みを絵解きした後に、3Dメガネを用いて東京の地形、建物の起伏をリアルに楽しませてくれる。
 03年に「東京スリバチ学会」なる愉快な名の学会を立ち上げ、ユニークな地形探索を続けてきた皆川典久は、今年2月に『凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社・2310円)を刊行し、谷を巡ることで都市砂漠のオアシスを発見する喜びを伝授する。地形を歩き凸凹を楽しむ極めつきの本と言える。

■清流の跡たどる
 もう一つ凸凹地形に欠かせないのは川の存在だ。近代化の犠牲となって、暗渠(あんきょ)化し、また埋められた中小河川の痕跡を辿(たど)るマニアックな探索ツアーも隠れた人気を集める。田原光泰『「春の小川」はなぜ消えたか』(之潮(これじお)・1890円)は、渋谷区内のかつて無数に存在した水路の命運を丹念に追求し、若者で賑(にぎ)わう渋谷の中心部等に、失われた清流の跡を描いて我々の想像力を掻(か)き立てる。これら著者達(たち)の誰もが依拠する貝塚爽平の名著『東京の自然史』(講談社学術文庫・1103円)が、近年の地形ブームの下、文庫本で再登場したのは嬉(うれ)しい。
 凸凹地形が醸し出す気配は、東京の歴史と深く繋がる文化的アイデンティティそのものだ。それを楽しむ術を教えるこれらの本には、同時に、地形の意味を奪い取る巨大開発への文明批評の意図が込められている。

◇じんない・ひでのぶ 法政大学教授(建築史) 47年生まれ。『東京の空間人類学』

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