思い出す本 忘れない本

しまおまほさん(マンガ家)と読む『カトゥーンズ』

2012年06月03日

しまおまほさん(マンガ家) 78年生まれ。マンガ「女子高生ゴリコ」でデビュー。『ガールフレンド』などエッセーの仕事も多い。=横関一浩撮影

■みんな主役でみんなワキ役

『カトゥーンズ』 著・岡崎京子(角川書店・1029円)

 10代後半のわたしは、“理想のわたし”ばかりを追いかけていた。小さな頃、夢を尋ねられれば、「おすもうさんになりたい」とか「お家(うち)に遊園地をつくってみんなを招待したい」なんて言って大人達(たち)を笑わせていたけれど、ティーンエージャーになってからは「ボーイフレンドのいるわたし」「オシャレなわたし」「夜遊びをするわたし」の夢想で頭をいっぱいにする日々。
 しかし、それらは「おすもうさんになる」のと同じくらい、簡単には手に届くものではなかった。同級生は放課後にデートだというのに、雑誌の読者モデルになっているのに、親にナイショでクラブへ遊びに出かけているのに……!わたしといったら男の子と仲良くなる方法も、代官山や渋谷にあるおシャレなショップの場所も、嘘(うそ)のつき方さえも知らなかった。教室の隣の子はもう叶(かな)えている夢が、わたしの所にはひとつも降りてきてくれない。子どもの頃の妄想のほうがずっとずっと安全で楽しかったじゃないか。思春期のわたしは、こんな気持ちが一生続くものだと決めつけて、毎日の通学路で「ハー」と若いため息をつきながら自転車をこいでいたのだった。
 自転車のカゴにつんだカバンの中には岡崎京子さんの漫画『カトゥーンズ』。学校について、授業が始まるまでは読んでいよう。読んでいる時だけ、わたしの満たされない気持ちが楽になるのだから。
 『カトゥーンズ』は「月刊カドカワ」で掲載されていた岡崎さんの連載をまとめた短編漫画集である。漫画の中でそれぞれの主人公はそれぞれの日常を過ごし、24編の漫画が少しずつ関わりあう。ただならぬ関係が想像される兄妹の深夜のデートが駅のベンチに2人が座っているシーンで終わると、次の短編はその後ろで反対方面の電車を待つ女子高生が主人公、というように。
 みんな主役でみんなワキ役。隣で青春を謳歌(おうか)している同級生だって、わたしの人生ではワキ役。自分の人生の主役まで他人に奪われていたような卑屈な思いで過ごしていたわたしにとっては、救いでもあり、叶えられない望みを叶えてくれる魔法のような本でもあった。
 女性誌でよくお見かけした岡崎京子さんは、そのファッションや生き方にも憧れた。それまで持っていた「漫画家」というイメージとは違う、自由で軽やかに表現をする女性。わたしにとっての初めての「カルチャースター」だったのだ。それは今も変わらず、自分の仕事への考え方にも強く影響を感じる。

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