■ほんのちょっとの差の“日本と北朝鮮”
日本でふつうに生きていると、北朝鮮の在りようなどは信じがたいものがある……と書きながら、「生きていくためには原発がないとダメ(大意)」という政府の言い分を、静かに納得している人の顔を見ていると、北朝鮮も日本もメンタリティに大した差はないんでは……という気がしてくるのだが、まあそこは措いておいて。
北朝鮮がいかにして今このようになったかの歴史を書いたこの本を読むと、まずは金日成が建国当時は魅力のある男であったことは間違いない。抗日パルチザン時代の写真なんか見ると、それなりにかっこいい。若くてかっこいい男が、自分たちの先頭に立って新しい国家を立ち上げる。そりゃ、ある種の熱狂が巻き起こるだろう。しかしいったんコトが収まってくると、どうしても権力闘争になっていく。
思い出すのは日本軍の権力闘争で、日本人も朝鮮人も、その権力闘争のスケールがセコイ。闘争のあとに残るのは、よりビンボーな、暮らしづらい世の中で、近所同士よく似てるなと思わされる。その後、日本には敗戦、北朝鮮には金日成の死という大ゴトが襲ってきて、それ以降の二国の流れはすっかり変わってしまった。しかしこの国民性では、日本だってほんのちょっとの差で北朝鮮みたいな国になったと思う。
金正日の先軍政治に至った流れも面白かった。そもそも軍隊にまるきり無関係で、映画とか音楽とか文化系の人だったが、お父さんが死んだ時に「偉大なる首領」はお父さんのみの称号としてしまい(つまり自分は首領になれず)、あるのは朝鮮人民軍最高司令官の称号だったので、そっち方面で行くしかなかった。そのために北朝鮮中の軍を回って兵隊と一緒に食事をし、軍のバンド演奏は必ず聴いたのだ。
北朝鮮と仲良くするにしても叩き潰そうと思うにしても、北のことはよく知らねばならぬ。どっちにしろこの本程度のことは知っておかねばどうしようもないだろう。




