文理悠々

北杜夫のユーモアを逆照射する

2011年11月04日

医師姿と見受けられる若き日の北杜夫さん。1964年、朝日新聞紙面で、トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』を語る寄稿記事に添えられた写真。ちなみに筆名「杜夫」は「杜二夫(とにお)」に由来するという

 マンボウ人気強し。北杜夫死す、の知らせにひとかたならぬ衝撃を受けた人は、僕の周りにも何人かいた。1960~70年代、少年少女を中心に厚いファン層を得たのが、「どくとるマンボウ」シリーズなど北杜夫ユーモア文学群だった。自らの10代のころを振り返っての印象では、とりわけ理系志向の中高校生たちが好んで読んでいたのではなかったか。訃報を耳にして、心にぽっかり穴があいた風情なのも理系出身者が多いように思う。

 僕自身の北杜夫体験を振り返ると、熱心に読んだのは中学3年生だった66年秋から翌67年春にかけて、朝日新聞夕刊に連載された「奇病連盟」だった。秋から冬にかけては、ちょうど高校入試の受験勉強真っ盛り、もちろん、そのころは一読者という以上には「朝日」と縁もゆかりもなかった。それでも、ほぼ連日欠かすことなく筋を追った。これも、題名からわかるようにユーモア路線の小説。その限りで、中学生までは僕も素直な理系志向だったのか。

 高校生になると、ひねくれてくる。60年代後半と言えば、ベトナム反戦、プラハの春、学生運動。僕は政治少年ではなかったが、その分、文学書で内面の「実存」に向き合おうとしていたように思う。そんな文系の目覚めを経験した若者には、本を開くときも眉間にしわを寄せなくては、という強迫観念がある時代だった。「夜と霧の隅で」路線は別にして、マンボウ路線の北杜夫ワールドとは、もはや波長が合わなくなってしまった。

 反抗と自己否定にやっきになる身には、北杜夫さんのユーモアが、NHKの子ども番組風にお行儀良く感じられ、空々しく思えたということだろうか。そこには文学少年風のいきがりがあったようにも思う。罪滅ぼしの意味も込めて、2011年の今日から北杜夫流のユーモアを逆照射すると、違ったものが見えてくるのではないか。そこで選んだ1冊は『怪盗ジバコ』(北杜夫著、文春文庫)。

 この作品は1967年に単行本として世に出た。2009年に出た文庫新装版のあとがきで、晩年の北さん自身が「私のエンターテインメントの中で、もっとも成功したものと自分ではそう思っている」と書いている。ならば、これっきゃないではないか。

 八つの小編からなる一連なりの物語。ロシアの作家ボリス・パステルナークの原作をもとにした映画「ドクトル・ジバゴ」が日本で公開されたころの作品だ。冒頭では、「ジバゴ」ならぬ「ジバコ」が自分自身もしくは手下たちを町に出没させて、本屋で世間知らずの大学者をまんまと引っかけてひと泡吹かせたり、子ども泣かせの駄菓子屋の主人にひと芝居うって反撃したりする。

 「過去に於(おい)て、一国の国家予算をこえる盗みを働いた」というほどの大物。変装の名人で、ゆうに50ほどの言語ほどを操り、世界に散らばる手下は1万人とも言われる大怪盗は、あなたの日常にも現れます、というわけだ。

 この作品を通じて最も強く感じたのは、さすが理系医学部卒、そこには思考実験がある、ということだった。たとえば、ジバコが1968年のメキシコ五輪のマラソンに、アフリカ中部の国の選手として出場する、という話。その名はブラブラー。「アベベは何回かスパートして、ブラブラーを抜こうとした。が、まさに追いつかれんとする瞬間、ブラブラーはまたするすると前へ抜けだすのだった」

 これは、ギリシャの哲人ゼノンの「アトラスと亀」の逆説ではないか。亀は、アトラスが追いつくたびにちょっとずつ先へ進んでいるので決して抜かれない、というアレだ。このくだりにはゼノンのゼの字もなく、作者本人もそのことを意識してはいなかったのかもしれないのだが、結末にあるオチだけでは、ジバコの快走ぶりがストンと胸に落ちない。買いかぶりかもしれないが、僕はこの話からゼノンを感じとりたい。

 南太平洋の島国の英国統治時代を描いた一編も、壮大な思考実験だ。これから読む人に悪いので詳述は控えるが、そこで示されるのは、怪盗の最終勝利とは何か、という問題提起だ。重力場の中心にその源となる物体があるように、近代社会の秩序にもそれを支える力の源泉がある。ジバコが思いついたのは、重力場のなかに入り込んで重力源をかすめとるようなことだった、ともいえよう。

 この話では、事件が少ないので暇をもてあまして探偵小説フリークになった地元警察署のキッコーマン署長がジバコの来島情報に気をもみ、知恵をふり絞る。「あやしくないと信じたそいつが、実は泥棒なのだ」という探偵小説の経験則をもとに、署長の頭にひらめいたのは「こいつはあやしいと思った相手は見のがすことにする。その反面、どこを叩(たた)いてもあやしくない人物がいたら、バッタのようにとびついて逮捕してしまう」という方針だった。

 北杜夫ユーモアとしては典型的な軽いジャブ、といえよう。これを聞いた妻は「あなた、すてきだわ。ジバコもきっとひっかかるわよ」と言った後、「でも、もし捕えても、相手は脱走の名人じゃない?」。なにげない一言も見事な伏線になっている。

 この作品が書かれた60年代半ばは、SFが台頭した時代で、その専門誌も存在感を高めていた。だが、ふつうの作家が書く小説にSF風の思考実験があっても気づかれずに見過ごされ、それがもしクスッという笑いを誘うものであるならば、「ユーモア」の一語で片付けられていたような気がする。星新一や小松左京の小説に通じる世界のとらえ直しが北杜夫ユーモア文学にもある。今読んで、僕はそんなことに気づいた。

 遅きに過ぎた発見か。もう「いきがり」は遠いかなたに消えてしまった。これからゆっくり、北杜夫ユーモアを味わうことにするか。

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