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書店員に聞く 満州入門

[文]牧村健一郎  [掲載]2013年02月16日

表紙画像 著者:山口淑子、藤原作弥  出版社:新潮社 価格:¥ 1,944

 かつて中国大陸に、「満州国」という国がありました。実態は日本の傀儡(かいらい)国家でしたが、人々の希望、欲望、悲惨、絶望が渦巻き、その妖しい魅力は、今なお注目を集めています。人物を通して、この人工国家に近づいてみます。

■紀伊国屋書店 四井志郎さんのおすすめ
(1)李香蘭 私の半生 [著]山口淑子、藤原作弥
(2)男装の麗人・川島芳子伝 [著]上坂冬子
(3)流転の王妃の昭和史 [著]愛新覚羅浩
 ▽記者のお薦め
(4)甘粕正彦 乱心の曠野 [著]佐野眞一

■光と影にさまよう人々
 四井さんは、満州といえば、皇帝溥儀の生涯を描いた映画「ラストエンペラー」を思い出すそうだ。この作品のように、人物を通すと、歴史が眼前によみがえってくる。「とくに歴史に翻弄(ほんろう)され、混乱に巻き込まれた女性たちが興味深い。でも彼女たちは単に受け身だったのではなく、自分の人生を生き抜いた強さもあった」と、女性が主人公の3冊を挙げた。
 一押しが(1)『李香蘭 私の半生』だ。両親とも日本人でありながら、中国名で女優にデビュー、若くして満州と日本でトップスターに駆け上がる。幼少時代に撫順で経験した焼き討ち事件、彼女を庇護(ひご)した親日派の中国要人の姿などがいきいきと描かれる。
 出来事の背景にある歴史的意味が解説され、聞き書きのジャーナリスト藤原作弥の腕がさえる。戦後は山口淑子としてテレビ司会者、参議院議員として活躍、「歴史に埋もれることなく20世紀を通して、堂々たる人生を生きた女性」と四井さん。
 李香蘭と反対に、中国人でありながら日本名で知られた(2)『男装の麗人・川島芳子伝』は、その生き方も対照的だ。清朝に連なる王女だが、満蒙独立運動家川島浪速(なにわ)の養女となり、日本陸軍のスパイとして暗躍、東洋のマタ・ハリと言われた。李香蘭とも面識があった。次第に荒れた生活に傾斜、戦後、漢奸(かんかん、売国奴の意味)として中国で銃殺された。四井さんが「末路は、紙一重で李香蘭と異なる悲劇を迎える」と言うように、二人の人生は、満州というコインの表と裏のようだ。
 この異数の二人に比べ、(3)『流転の王妃の昭和史』の主人公・浩(ひろ)は、穏やかで平凡といっていい性格だ。日本の華族に生まれ、東京で何不自由なく暮らしてきたお嬢様。それがいきなり、満州国皇帝溥儀の弟・溥傑の妃(きさき)になり、時代の渦中に投げ込まれる。敗戦、引き揚げ、夫との離別、長女の死と悲劇に見舞われるが、ついに夫と再会、平安な晩年を過ごす。「家族との愛を抱いて、生き続けた強さ」と四井さんが言うように、歴史の荒波にもまれた彼女の人生は(1)と(2)の主人公に匹敵するドラマがある。
 上記の女性たちと縁があり、満州国の夜の帝王とも言われたのが、記者のお薦め(4)『甘粕正彦 乱心の曠野(こうや)』の主人公だ。大杉栄殺害の首謀者とされ、溥儀擁立にかかわり、後に満州映画協会理事長として満州文化界に君臨、関東軍にも顔がきいた。練達の佐野は謎に包まれた甘粕を執拗(しつよう)に追うが、闇は深く、くっきりとした像に至らない。それは「満州」の光と影の濃さであり、妖しい魅力の源でもあろう。
    ◇
■〈見るなら〉東京暗黒街・竹の家
 携帯とかパソコンとかなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろうと、1958年に時代設定された映画「ALWAYS 三丁目の夕日」はキャッチコピーでほのぼのうたっている。
 だが、その3年前の55年、李香蘭こと山口淑子が出演した、こちらの米国映画のキャッチは「悪の花咲く国際都市東京の空の下に国境を越えた愛の花が咲く!」。いまリバイバルするなら「やばい! リアル三丁目の夕日の世界がここにある!!」と宣伝するだろう。
 東京で暗躍するアメリカ人強盗団を潜入捜査官が壊滅させる。屋外シーンはオール日本ロケ。10年前は廃虚だった大都会が善も悪も呑(の)みこんで胎動する気配が伝わってくる。日本人の着物率が異様に高かったり、なにげに床屋の客に力士がいたりするデフォルメにはこの際、目をつぶろう。(龍)
 DVDの発売元は20世紀フォックス・ホームエンターテイメント・ジャパン、3990円。

この記事に関する関連書籍

李香蘭 私の半生〔復刊〕

著者:山口淑子、藤原作弥/ 出版社:新潮社/ 価格:¥1,944/ 発売時期: 1998年06月

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男装の麗人・川島芳子伝

著者:上坂冬子/ 出版社:文藝春秋/ 価格:¥627/ 発売時期: 1988年05月

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流転の王妃の昭和史

著者:愛新覚羅浩/ 出版社:中央公論新社/ 価格:¥802/ 発売時期: 2012年06月

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