わたしとSF

小谷真理(SF・ファンタジー評論家) わたしの組成はすべてSF

2013年04月03日

小谷真理さん

 シリーズのお題目をキーボードで叩(たた)いた瞬間「なんか、ちがうぜ」とアタマのどこかで、赤ランプが点(つ)いた。
 「わたしとSF」じゃなくて、「わたしはSF」と書くべきでは?
 そうだった。わたしの生活は、すべてがSFに塗(まみ)れている。
 ん? いや、ホントに、そうだったかな。
 念のため、あたりを見回すと、たしかにPCの脇に無造作に積まれた本の背表紙は、『乱鴉の饗宴』とか『WOMBS ウームズ』とか『ゴリアテ』とか、時評用・書評用・解説用・お楽しみ用のSFタイトルばかり。そのななめ横にはSF評論の資料類がどっさり。時々読み返している『25時のバカンス』、付箋だらけになったあの傑作『東京プリズン』。隣の山は、『CENCOROLL』や『ラーゼフォン』、『タンク・ガール』といったタイトルをこちらに向けているDVD群。右側には、趣味で作っているSFバカ動画のツールたち。
 コピー脇には、大事な人へ手紙をしたためるときに使っているパルプ雑誌のエッチな表紙絵がついたカードボックス(男が暑苦しい丸首の体操服型宇宙服に包まれているいっぽう、女が着ているのは陳腐なブラジャーと腰巻きだけ。雄雌の季節感の歩調のあわなさ加減といったらなんとも滑稽で、かなーり気に入っている)。それと、時々見返しているアルバムのファイル。中身はワールドコン(世界SF大会)で撮りためた珠玉のコスプレ写真(非公開)。手元のスケジュール表を見ると、締め切りからイベントから講義から、ささやかな友人との会食、そして秘密の動画制作計画表まで、確かに全体的にSF関係で占められている。
 さすがに衣食住のライフスタイルは普通だろ、とつっこんでもみるのだが、実はSF婚なので、日常会話はSF以外の話題こそめずらしい。ウチに007みたいな超絶技巧の盗聴器が仕掛けられても、SFに興味のなさそうに見えるMやボンドは、人生にまったく役立たない無用の知識で盛り上がっている(彼らにとってはきっと)くだらない与太話と笑い話をエンエンと、怒濤(どとう)のように聴かされることだろう。配偶者はわたし以上におしゃべりだしな。
 ううむ。たしかに、わたしの生活は、前後左右、四方八方、つまり全方面的に、塗れている。
 ん。いや、ちょっと待て。そこに見えているDVDのタイトルだ。一本毛色の違うものが混ざっている! 『マルタのやさしい刺繍』。これって、SFとは関係ない世界じゃなかったっけ。
 がしかし。この話、夫亡き後ランジェリーショップを始めようと奮闘する80歳のおばあちゃんの活躍を描いているわけだけど、周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買おうがなんだろうが負けないで好きなものに邁進(まいしん)する婆(ばあ)さんの姿って、「宇宙人とかなんとか、ヘンなことを口走るのはやめなさい」と親に説教くらってもSFを読むのをやめなかったオノレの若い頃に通じる点で、間接的には、やっぱSFに関係しているのであった。
 そして、今ここで宇宙人に拉致られて、アタマの中身をぜ〜んぶさらけだされたら、そのエイリアンは、きっと冷酷にこう決めつける。
「こいつ、ガラクタばかり溜(た)め込んでいるなー」
 ちがーう! お前らにはガラクタでも、わたしには、愛(いと)しいSFのお宝なんだよ!
 仕事、趣味、友人、配偶者、ライフスタイル。もちろん、SFのすべてがわたしであるわけはないけれど、わたしの組成はまったくもってSFだ。だから、仮にSFが禁止され、この地上からSFがすべて消えてしまったら、どうなるか。
 そう。書店からSFの本が一掃され、テレビをつけても、アニメや映画は非SF系、ゲーセンへ行ってもSFのエの字もない、ポップミュージックを聴いても歌詞からSF的なフレーズが消され……つまりは一切合切、SFなるものが、ある日地上から消えてしまったら……。
 そんなオソロシイ話、想像したくもないね、とあなたはわたしに同情交えてなぐさめてくれるかもしれない。ありがとう、本当にありがとう。
 でも、SFファンだったら、 SF弾圧を含むSF的環境こそが大好物なのだ。 
 わたしもこのガラクタだらけの環境ごと消失し、透明人間にでもなってしまうかもしれない、とSF的妄想は無限にふくらむ。だがむろん、そんな待遇には到底ガマンできないという向きのためのSF的想像だって、いくらでもありうる。オヨヨ大統領が、かつてそうであったように、コツコツと地道に千里の道の一歩を踏みしめる。そう。わたしだったら、図書館のすみっこに潜んで、紙芝居用の画用紙に、SF妄想電波を書きつけることから始める。
    ◇
 こたに・まり 1958年、富山県生まれ。薬剤師を経て評論家に。78年に日本SF大会で初のコスプレを披露する。日本ペンクラブ女性作家委員会委員長などを務めた。著書に『女性状無意識』(日本SF大賞)、『聖母エヴァンゲリオン』『リス子のSF、ときどき介護日記』など。

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