わたしとSF

芦辺拓(作家)小説の面白さはすべてSFから学んだ

2013年04月10日

芦辺拓さん=米国・ボルティモアのエドガー・アラン・ポー邸前で

 1972年5月27日――それが全ての始まりでした。
 中学生の私にとって、ラジオはにわかに親しくなったメディアであり。それでいてどこかノスタルジックで、おそらく今の十代の人たちよりずっと身近で密接な存在でした。
 とはいえNHKラジオ第一放送で、毎週土曜の晩やっていた「文芸劇場」なんて番組をどうしたきっかけで聴いたのか、今は定かではありませんが、とにかく私は出会ってしまったのです――『日本アパッチ族』というラジオドラマに、その原作者である小松左京という人の名に。
 ラジオの向こうに広がる、自分が住んでいるのとは違う“もう一つの大阪”。人が鉄を食い、今ある日本が崩れ去る……ところまでは、親にラジオを切られてしまったので(中間テスト直前だったのです)聴けなかったのですが、とにかくそれはとてつもない物語体験でした。
 もちろん、SFというジャンルとの出会いはそれが最初ではありませんでした。岩崎書店の〈エスエフ世界の名作〉をはじめ、講談社、偕成社などのジュヴナイル叢書や、特撮怪獣ものや漫画によって、たっぷり洗礼は受けていたわけですが、14歳のそのときの体験がなければ、SFばかりか小説そのものの楽しさに目覚めることなく、まして作家になることなどありえなかったように思えてならないのです。
 2か月後、ちょうどそのころ文庫化された原作小説をむさぼり読んだ私は、さらにハヤカワ・SF・シリーズ、人呼んで銀背との対面を果たします。これにはさらに前奏曲があって、まだ中学1年だったその前年、どこかで早川書房のSF関係の解説目録をもらった私は、各編ほんの何十字かで記された作品紹介を読んで、一夏あれやこれやと妄想をふくらませたものでした。
 そのころ通いつめていた阿倍野の旭屋書店やユーゴー書店(学校のある一駅先、国鉄天王寺駅までは定期を買ってあったのです)では、ハヤカワSFを置いてはあったものの、その目録で読書欲をそそられた本がなぜか見当たらなかったのですが(それでも海野十三の『十八時の音楽浴』などを買っています)、『日本アパッチ族』で火をつけられたSFへの渇望は、そんなことではやみませんでした。
 やがて姉のすすめで、72年10月末のとある日曜、梅田の旭屋書店に行ってみた私は、その棚一つをびっしりと埋めたハヤカワ・SF・シリーズに息をのむことになります。そこにはことに、ほかの書店ではあまり見当たらなかった国内作家の作品がそろっていて、目もくらまんばかりでした。
 迷いに迷って、そのとき買ったのが小松先生の『日本売ります』と筒井康隆先生の『アルファルファ作戦』でした。この2冊が決定的でした。
 最初の1冊だけを取っても、表題作と「物体O」の壮大なシミュレーション、「哲学者の小径」の青春懐古、「召集令状」の異様な恐怖、「新趣向」の虚実混淆とパロディ、「ぬすまれた味」のグロ風味……そして推理小説に出会うはるか以前、意外な真相やダブル・ミーニングの妙味もまた、この本で体験したのでした。
 そのあとは、もはや火がついたようなもので、私は土曜日が来るたび梅田詣でをくりかえし、あわせて古本屋めぐりの味も覚えてゆくことになりました。これもSFの源流だというので、江戸時代の黄表紙だの明治の政治小説、黒岩涙香まで読み、はるかあとになって母校の図書室を訪れたところ、私以外には誰一人借り手のいない本がやたらあってあきれたほどです。
 そうしたことをふくめた以降の読書遍歴は、とても書ききれるものではありませんが、このことだけは記しておかねばなりません。
 ――SFは、小説というもののたまらぬ面白さを教えてくれました。活字の持つ喚起力の素晴らしさを、物語ることの愉悦をたたきこんでくれました。構成のテクニックも、文体の使い分けも、伏線の張り方も全てSFから学んだのです。小説を書くという行為に目覚めたのもまた、SFあってのことでした。
 そんな私がなぜ推理小説、とりわけ本格ミステリに転じ、それを生業にするに至ったかについては、いろいろプロセスもあるのですが、何より大きいのは、小説の面白さを全て取りこんだかに見えるSFにおいて、唯一欠けているように見えたのが本格ミステリ的な部分だったからでした。
 端的に言えば、SF耽読の何年間のあと出会った本格ミステリで、このジャンルなればこそのサプライズに揺さぶられ、ロジックの快感にほれこんでしまったのでした。かといってSFへの恩義と愛着はその後もやむことなく、SFの持つ豊饒な物語性を、本格ミステリの方法論でもってひねれば、きっと最強の小説ができあがるのではと、らちもない野望を抱くようになり、その気持ちはますます強くなりつつあります。
 日本SF作家クラブに入会したときの一文のタイトルをくりかえせば、「故郷はSF」――ただし帰郷のときはいつとも知れず、夜陰に乗じてこっそりと、ということになるもしれませんが。だってほら、SFファンダムって何か怖そうですから。
    ◇
 あしべ・たく 1958年、大阪市生まれ。読売新聞大阪本社在職中に第1回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。主として本格ミステリを執筆し、代表作に『十三番目の陪審員』『グラン・ギニョール城』『紅楼夢の殺人』、SF要素の強い近著に『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』がある。

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