わたしとSF

八杉将司(作家)ないなら創ればいい

2013年04月24日

八杉将司さん

 小学生のころ、漫画をほとんど買ってもらえませんでした。家にあったのは学研まんがの日本の歴史や伝記シリーズぐらいです。ジャンプやサンデーといった漫画雑誌も、歯医者や小児科診療の待合室に置いてあるのを読むぐらいでした。おかげで当時は漫画雑誌というと、どこかしら医療用消毒液の匂いのイメージがありました。
 こっそり自分で漫画を買おうにも小遣いはたいしてなかったですし、あっても近くに本屋がなかったので、とにかく滅多(めった)に読むことはできませんでした。でも、読みたい。そこでどうしたかというと、ないなら創ってしまえと自分自身で漫画を描いていました。誰かに見せるために描くのではなくて、自分で読みたい漫画を自分で描いていました。
 巨大ロボットを操縦して戦争する話であるとか、どんなものでも破壊できるブラスターライフルを持った特殊部隊が銀河のあちこちで起きる事件を解決する話であるとかいった漫画を描いていました。今思うと全部SFですね。
 でも、これはSFを意識していたからではなくて単純にアニメの影響です。見ていたのは「マジンガーZ」「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」「超時空要塞マクロス」「スペースコブラ」など当時みんな見ていた定番で、それがストレートに反映されただけでした。SFという言葉は小松左京さんの小説をそのころから好きで読んでいましたから知っていましたけど、自分の中ではうまくイメージできていませんでした。
 漫画を描いて遊んでいたのは中学1年ぐらいまでで、そのあともSFのアニメや映画を見てはいましたが、SFが好きなんだという自覚はないまま10代を過ごしました。
 小説家になろうと思い立った20代のときもその自覚はあまりなく、そのまま小説を書き始め、自分が面白いと思う作品を書き続けていたら運よく日本SF作家クラブ主催の日本SF新人賞をいただけたのですが、最後が矛盾してますね。自覚がないのになぜ日本SF新人賞に応募したのか。作品を書き上げたときに、受け入れてもらえそうな新人賞で一番締め切りが近かったのがそれだったというのが真相だったりします。いや、自分が書いてる作品がSFだろうなあとはさすがにわかっていましたが、SF小説を書こうと思って書いていたわけではなかったんですよね。
 荒唐無稽な事柄をあえて現実にあるものと想像して世界を構築し、それをフィクションである小説にする……つまりぼくは新しい世界を書きたかったのです。そこで生きる人々(地球人類でないのも含む)を活写してみたかっただけなのです。
 思えば自分で漫画を描いて遊んでいたときとたいして変わっていませんね。
 ないなら創ればいい。
 その発想自体がSFなのかもしれません。
 子供のときSFの漫画を描いていたのはアニメの影響がありましたが、でも、それがSF・ファンタジーでなかったら自分は漫画を描いていただろうかと考えたら、そうではないように思います。SF・ファンタジーだったから創ろうとしたのではないか。そんな気がします。だからこれからもぼくは世界を、人を、そして、宇宙を創り続けていくと思います。
    ◇
 やすぎ・まさよし 1972年生まれ。兵庫県姫路市出身。「夢見る猫は、宇宙に眠る」で第五回日本SF新人賞を受賞し、デビュー。ほかの著作に「光を忘れた星で」(講談社)「Delivery」(早川書房)がある。

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