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技術進歩は何をもたらすか 荻野美穂さんが選ぶ本

2013年04月21日

妊婦に説明する資料をみる遺伝カウンセラー=1日、東京都品川区の昭和大病院

■出生前診断

 昨年来議論を呼んできた新しい出生前診断が、今月から一部の医療機関で始まった。妊婦の血液検査によって胎児にダウン症などの染色体異常がある確率を判定するもので、アメリカなどではすでに実施されている。採血だけなので母体への負担は少ないが、確定診断のためにはさらに羊水検査が必要となる。
 出生前診断が注目される背景には、少子化の一方での高齢出産の増加がある。妊婦の年齢とともに、重い染色体異常を持つ子が生まれる確率も上がるとされており、不安を抱く人もいる。すでに、通常の超音波検査などで異常の可能性を告げられ、障害について十分な情報のないまま、中絶に至る場合もあるようだ。母体保護法では、胎児の異常を理由にした中絶は認められていないが、実際には近年増加傾向にあるという。
 そのため日本産科婦人科学会は、新しい診断技術が「安易な中絶」につながらぬよう、対象や実施機関に厳しい条件を設け、遺伝カウンセリングを充実させるという指針を発表した。
 しかし、出生前診断自体が生命の質に優劣をつける優生思想の表れだという批判は、根強く存在している。利光恵子『受精卵診断と出生前診断』は、1970年代の優生保護法(母体保護法の前身)の時代から最近の受精卵診断導入に至るまで、障害者と女性たちがどのような論理のもとに「生命の選別」に対する抗議運動や批判を展開し、それが医療側にも一定の慎重姿勢をもたらしてきたかを、克明に跡づけた本だ。だが近年、不妊治療や流産防止の名目で受精卵診断への規制が緩められ、「患者の自己決定権」の名のもとに生殖技術の利用が正当化される傾向が強まっているという。
■妊婦たちの葛藤
 障害者たちの運動は、「子どもを持つ持たないの選択」は自己決定権だとしても、「子どもの質を選ぶこと」はそうではない、と主張してきた。だが、はたしてこの二つはつねに明瞭に弁別しうるものなのだろうか。
 柘植あづみ、菅野摂子、石黒眞里『妊娠』は副題が示すとおり、これまで知られにくかった実際に妊娠と出生前検査を経験した女性たちの声を、アンケートとインタビューを通して集めた本である。多くの妊婦が超音波検査も出生前診断の一種とは認識せず、楽しみに受けている現状とともに、もしも胎児に障害の可能性があったときにそれをどう受けとめるかをめぐり、それぞれの人の状況に応じた思いや葛藤が浮かび上がる。著者らが言うように、「検査を受ける人が差別的な人で、受けない人が差別意識をもたない人という区別」は、現実の多様さや複雑さの前には単純にすぎるようだ。
 また、同書の著者の一人柘植は『妊娠を考える 〈からだ〉をめぐるポリティクス』(NTT出版、2100円)で、胎児の障害や病気を「リスク」ととらえ医療によって管理しようとする発想は、「管理しきれないこと、管理しないことも生き方の選択としてありうることを忘れている」と指摘する。
■晩産化の時代に
 一方で、出生前診断への規制は「患者の希望」に反するとの声があるのも事実だ。『こうのとり追って』は、出生前診断から不育症や不妊治療、卵子・精子提供、養子縁組まで、現代の妊娠・出産をめぐる状況を追ったルポ。そこには、国内の生殖医療法整備が遅々として進まないなか、海外への不妊治療ツーリズムの事例が登場するが、今後は出生前診断についても、国外での「サービス」購入の動きが起きる可能性がある。
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おぎの・みほ 同志社大学教授(性と生殖の歴史) 45年生まれ。『「家族計画」への道』など。

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