わたしとSF

山口優(SF作家) リアリティーとイマジネーション

2013年05月22日

「シンギュラリティ・コンクェスト」のイメージとして山口さんが描いた「紫の宇宙を照らす紅い太陽」

 少年少女世界SF文学全集(あかね書房)、が、おそらく私がSFに触れた最初の機会であったかと思います。その中でもアシモフの『鋼鉄都市』や、ウィンダムの『トリフィド時代』(読んだときのタイトルは『怪奇植物トリフィドの侵略』でした)が今でも強く記憶に残っています。
 それらの本の朧気(おぼろげ)な印象を、今強いて言葉に直してみるならば、一般の日常ではあり得ないイマジネーションを刺激し、かつ、そんなことも本当に起こるのかも知れない、というリアリティーを伴って迫ってくる、そんな読書体験でした。『鋼鉄都市』は、その後通常の翻訳版も読みましたが、今でも私の印象に強く残っているのは少年少女世界SF文学全集のそれであり、私のアシモフ好きもおそらくそこに端を発するのではないかと思っています。
 次にSFとして強く印象に残っているのは、実はSF小説ではなく科学雑誌の「ニュートン」でした。平易な文章と美しいグラフィックで、大変分かりやすく最先端の科学を紹介するこの雑誌を、私はいつもわくわくしながら読んだものです。
 私にとってはこうした科学雑誌への興味も、SFに対するそれと同じ方向性の興味に端を発するものでした。もちろんフィクションではないけれど、現在まだ現実化されていない、しかしながら現実化されるかもしれない、そんな可能性をのぞかせてくれるものだったからです。
 ここでも、リアリティーを伴うイマジネーション。それが、私の興味をかき立てていたのだと思います。
 いくらリアリティーのある描写が続いても、それが現実の社会を舞台にしているのならば、イマジネーションへの刺激が足りない。
 いくら華々しい剣と魔法の物語が繰り広げられても、それが自然科学で説明不能な世界ならば、リアリティーが足りない。
 SFだけが、それら二つを両立して私に見せてくれる。故に、私はSFというジャンルに強く心惹(ひ)かれるのだと思います。
 さて、こうして刺激されたイマジネーションを放っておけるほど、私はおとなしい子供ではありませんでした。
 あの小説ではああ書いていたけれど、もしあの仮定をこうするとどうなるのだろう?
 ニュートンで説明していたような科学が実現されれば、いったいどんなことが可能になるのだろう? その時、世界はどうなっているのだろう? そこで暮らす人々は何を思い、どんな生き方をしているのだろう?
 そうした興味が私を突き動かし、中学3年生の頃からSFを書き始めていました。もちろん、最初はとても稚拙で、文章も科学考証も十分でなく、ただただ興味のままに書き連ねるだけでした。
 書いていくうち、文章もある程度は練れるようになり、また中学高校、そして大学と勉強を進めていくうち、科学考証もある程度はできるようになってきました。――余談ですが、私が理系の大学に進んだのは、きっとかなりの割合でSFの影響です。
 そうしてSFを書いていくうち、私はSFには、単にリアリティーを伴うイマジネーションであって、それを好む私のような人間にはたまらないエンターテインメントである、という以上の何かがあるのではないか、と考えるようになってきました。
 そもそも、人にとって、興味や好奇心とは何なのでしょう?
 ある人は言います。それは未知の脅威による将来のリスクを避けるため、未知の事柄を既知にしようとする動機付けなのだと。
 とすれば、SFはその動機付けにおいても、最もふさわしいものと言い得るのではないでしょうか。個人にとっても。そして社会全体にとっても。
 遠い遠い未来まで、あるいは遥(はる)か彼方の宇宙まで、イマジネーションの翼を羽ばたかせ、なおかつそこにはリアリティーがある。現在分かっている自然科学の知識を基盤に仮定を重ね、様々な可能性を考えてみる。
 それは一面では、読む人の興味と関心を刺激する、とても面白いエンターテインメント小説であり、そして、あるいはだからこそ、人類社会が将来出会うかも知れない、何らかの脅威を可視化する試みになっているのかも知れません。
 リアリティーとイマジネーションを両立させる小説を目指し、更にそんなことも考えながら私が書いたのが、伊野隆之さんとともに第11回SF新人賞をいただいた『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』という作品でした。
 となれば、言わばこれらの考えは、小説家としての私にとっての「初心」です。「小説家の卵」を自称しつつ、SFを書き連ね、その中で考えてきたこと。その考えの中で生まれた作品が、賞をいただき、「の卵」を外すきっかけになってくれたのだとすれば、まさにそれは、今後とも私が本当に大切にしていく価値に他ならない。
 これからも「初心」を大切に、社会に対し何らかの警鐘を鳴らし得るほどに質の高いエンターテインメント、これを目指して、努めていきたい――。そう思っています。
    ◇
 やまぐち・ゆう 1981年、兵庫県生まれ。2009年、『シンギュラリティ・コンクェスト』(徳間書店)にて第11回日本SF新人賞を受賞。

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