ハフポストの陰に理系知あり

2013年08月26日

パネルディスカッションで話すアリアナ・ハフィントン氏=2013年5月7日

 業界用語、いや社内用語なのかもしれないが、「わが社もの」という言葉がある。自社が主催したり後援したりする行事を記事にするときに、そんな呼び方をしてきた。で、今週の一冊は「わが社もの」になるのかなあと一瞬思って、すぐに苦笑した。僕は7月に朝日新聞を退社している。もはや正真正銘の第三者だ。「元わが社」がかかわる新事業の話題をとりあげても、宣伝とは思われまい。

 今年5月、米国最強のニュースブログサイトの一つとされるハフィントン・ポスト(ハフポスト)の日本版が誕生した。ニュースのまとめと著名人ブログを最大の目玉にソーシャルメディアも組み合わせた新時代の媒体である。このサイトを運営する合弁会社に朝日新聞社が出資しているので「元わが社もの」というわけだ。そのハフポストの成り立ちを知るのに格好の本が7月に出た。

 『メディアのあり方を変えた――米ハフィントン・ポストの衝撃』(牧野洋著、アスキー新書)。著者は元日本経済新聞記者で、2007年に早期退職したジャーナリスト兼翻訳家。コロンビア大学ジャーナリズムスクールで修士号を得たという。1960年生まれというから、僕よりも十余歳年下だ。この本を読むと、60年生まれの新聞人ならではのメディア観がみてとれる。

 僕の世代の新聞記者は、入社してからかなりの年数、原稿は紙に書いて記事は紙で読む、と信じて疑わなかった。70年代以降に生まれた記者は駆け出しのころから、紙なしで出稿してきた。そのときすでに、デジタル新聞時代の予感もあっただろう。著者は、そのはざまの世代にあたる。新聞の伝統に深い愛着がある。だが、新聞が今の新聞のままでは生き残れない未来も見通している。新旧ベクトルの混在が僕にはほほえましく思える。

 この本を本屋で見つけて、「文理悠々」で書きたいなと食指が動いたのは、実は新しいほうのベクトルにかかわるものだ。ページをぱらぱらっとめくっていて「ダンカン・ワッツ」という名前が目に飛び込んできて、おやっと思ったからだ。ワッツは、いまは社会学者と呼ばれているらしいが、もともとは物理学出身。「6次の隔たり(シックスディグリーズ・オブ・セパレーション)」で知られるネットワーク理論の研究者だ。

 知人、知人の知人、知人の知人の知人……という人の鎖を考えてみよう。あなたは、「中5人」ほどを介して世界中の人とつながっている。こんなことが1960年代の社会心理学実験をもとに言われるようになった。「スモールワールド(小さな世界)」の仮説だ。日本流に言い換えれば「世間て狭いね」仮説と言うことができる。ワッツは2000年代に入って、eメールを使った世界規模の実験でこれを確かめてみせた。

 ちなみに2007年、当時の鳩山邦夫法相が「友人の友人がアルカイダ」という発言をして世間を騒がせたとき、僕は朝日新聞夕刊の「窓」欄で「『友人の友人の友人の友人の友人の友人が……』だったら、これほど問題にはならなかっただろう」と皮肉った。それというのも「世間て狭いね」仮説があったからだ。その記事ではもちろん、ワッツのeメール実験のことにも触れた。

 ではなぜ、ハフポストがワッツと関係しているのか。「創刊」につながる知恵を出した一人が、ワッツだったという。著者は「ワッツの『シックスディグリー理論』をヒントにして誕生したハフポスト」とまで言い切っている。

 ハフポスト創業は2005年。中心にいたのはアリアナ・ハフィントンだ。ギリシャ出身で英国ケンブリッジ大学に進み、20代で著述家として頭角を現した。米国に渡った後、石油王ハフィントン家の息子と結婚、夫は共和党の下院議員になった。離婚後は本人が環境派色の強い独立系候補としてカリフォルニア州知事選に立つが、最後は選挙戦から撤退した。保守からリベラルへ軸足を移し、ネットメディアに行き着いたのである。

 共同創業者には、大手IT企業の元副社長ケネス・レラーがいた。伝播力の強いネットワーク「感染メディア」の研究者ジョナ・ペレッティもいた。この二人の出会いがハフポストの原動力となる。その縁をとりもったのがワッツだった。

 2003年、レラーはワッツの本を読んですっかりハマッた。アポをとって彼に会う。もちかけた相談は、全米ライフル協会に対抗する勢力をどうつくるかということだった。レラーは銃規制をめざすリベラル派だったのだ。ワッツは、ネットワークを狙いのままにつくる難しさを知っていた。ただ、力になってくれそうな友人がいることは伝えた。それが当時まだ20代のペレッティだった。つけ加えればワッツもそのころ30代前半。

 この本に描かれたワッツ、ペレッティ流の考え方を要約すればこうだ。影響力の強いメディアをつくるには「クラスター(塊)」から抜け出る回路が必要になる。クラスターとは「お互いにすでに知っている友人や同僚で構成される共同体のこと」であり、「共通の意識を持っているから強くくっついている」。それを超える緩いつながりを求めてペレッティが目をつけたのが、仕事中にボケーッとコンピューター画面を眺めている会社員だった。

 ペレッティは、これが世界に広がるネットワークになるとみた。名づけて「ボアード・アット・ワーク・ネットワーク(BWN)」。「職場で退屈している人のネットワーク」とでも訳せばよいだろうか。ここに「誰もが同僚や友人に見せたくなるような情報」を注ぎ込むと、ウイルスのように感染爆発する。「ABC、NBC、CBS、CNN、FOX、BBCなど既存の大手テレビネットワークよりも巨大」とペレッティは豪語しているという。

 では、どんな「同僚や友人に見せたくなるような情報」をどう注いでいくのか。そこで活躍したのが、2007年からしばらく最高技術責任者(CTO)の立場にあった30代前半のエンジニア、ポール・ベリー。「検索エンジン最適化」の魔術師だ。

 「どのニュースが注目を集めているのか? これが話題になっているのなら関連記事をアップしたらどうか? ちょっと見出しを変えればもっとトラフィックが増えるのでは?」。そんな工夫をしながら、ネットで検索をかけたときに上位に顔を出すように中身を変えていく。「何がウイルス的なのか常に監視し、何か動きを発見したらそこに社内資源を直ちに集中投下する」のである。

 その結果、セレブのたわいもない話がアクセス数の上位を占めたりもする。これこそが「同僚や友人に見せたくなる」情報なのだろう。ハフポストの本領は、それらを客寄せにして硬派の話を発信することにある。「ロウブラウ(低俗)とハイブラウ(高尚)の組み合わせ」だ。ハイブラウの象徴が2012年にピュリツァー賞を受けた連載「戦場を越えて」だ。ベテラン記者が戦傷を負った退役軍人たちに光をあてた。

 著者は、ハフィントンから直に聞いたという「われわれの使命は『データマイニング(データを処理する)』ではなく『ストーリーテリング(人間の物語を語る)』」という言葉を引いて共感をにじませている。新聞への愛が感じられるくだりだ。著者がデジタル時代に生き残る新聞として思い描くのは、発表される情報を先んじて伝えることよりも、発表の陰に隠れた事実を掘り起こして読み物に仕立てることに重きを置くメディアらしい。

 僕もまた科学記者の一人として、発表に頼らない読み応えのある科学記事を出したいと考えてきた。だから新聞論の観点では著者に同感だ。ただ、ワッツやペレッティが見いだしたネットワークの強みがハフィントンの言うストーリーテリングとぴったりくるかと問われれば、ちょっと首をかしげてしまう。ネットの魅力は、ピュリツァー賞級の記者が書く超「高尚」な記事を世に出すことでは収まりきらないように思えるからだ。

 ネットワークでは「低俗」でも感染力のある情報が一気に広まる陰で、中くらいに「高尚」な議論が百花繚乱のように沸き起こっている。たいていは中くらいにしか広がらないが、ときに没交渉の集団に仲間や論敵を見いだして隔たりをぐんと縮めることがある。これこそがネットの醍醐味だ。そんな舞台を用意するのが新時代のメディアではないだろうか。この点でも、ハフポストは野心的な実験の途上にあると僕は思う。
(No.176おわり)

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