関東大震災90年 尾原宏之さんが選ぶ本

2013年09月01日

震災で立ち往生する路面電車=1923年9月1日、東京

■近代日本に突きつけた問い

 きょう9月1日は、1923年の関東大震災からちょうど90年にあたる。
 正直なところ、「震災」という言葉を聞いただけでウンザリする人は多いだろう。東日本大震災からこのかた、「勇気と感動をもらえる」物語や、時にヒステリックな原発論争があふれている。「震災本の売れ行きが期待はずれだった」と嘆く出版関係者の声もよく聞く。
 だが、関東大震災を描いた本の中には、そんな身勝手な食傷気分を吹き飛ばしてくれる刺激的な作品も数多く存在する。
 最近文庫化された宮武外骨『震災画報』は、地震直後の9月下旬から翌年1月まで刊行された6冊の震災記録を合本したもの。外骨ならではの視点が随所に見られるが、焼け跡にうごめく人々の生臭さが特に印象的である。伴侶を失ったばかりの被災者同士をくっつけようと躍動する結婚紹介業者、親を失った「良家の処女」に扮して客を引く娼婦(しょうふ)など、お涙頂戴(ちょうだい)の震災悲話や、清く正しい官製復興物語にはあまり出てこない話が多い。人間の猥雑(わいざつ)な生命力こそ、実は復興の大きな原動力ではないのかという思いが頭をよぎる。

■「大空襲」を予感
 震災後、多くの作家や知識人が被災地を歩き、ルポをまとめた。外骨は震災記の粗製乱造でカネを稼ぐ「地震文士」を厳しく批判したが、当時の光景や気分を鮮やかに追体験させてくれる作品もある。「蒲団(ふとん)」で知られる小説家・田山花袋の『東京震災記』には、焼け野原を見て近未来の東京大空襲を予感したことが記されている。
 「太平洋中の飛行母艦から爆弾を載せた恐ろしい飛行機が何隻となく飛んでくる」予感は、広く同時代に共有されていた。日系移民の排斥や中国政策をめぐって日米関係が悪化し、未来戦記がさかんに書かれた時代である。空襲を想定した帝都復興を叫ぶ論者もいた。
 今でも有名無名の筆者による震災体験記や避難記を図書館などで読むことができるが、その際に格好の見取り図となるのが北原糸子『関東大震災の社会史』である。被災地で繰り広げられた救護やバラック生活の実態、100万ともいわれる避難民を受け入れた各地方の対応が俯瞰(ふかん)できる。学生ボランティアによる人探し、避難民を満載した列車が通る沿線各駅での救援活動などを知ることで、個々人の震災体験がより立体的に浮かびあがってくるだろう。

■自警団の裏切り
 善意あふれる救護活動のすぐそばで、朝鮮人や中国人に対する虐殺・暴行が頻発していたことも忘れてはなるまい。自警団や軍隊による凄惨(せいさん)な殺戮(さつりく)は、今や震災本の古典となった吉村昭『関東大震災』(文春文庫・570円)や、清水幾太郎『流言蜚語(りゅうげんひご)』(ちくま学芸文庫・1155円)にも生々しく描かれている。
 近年、この事件に新たな視点を提供してくれる研究が出てきた。宮地忠彦『震災と治安秩序構想』(クレイン・3990円)は、威圧的な警察を改革し「警察の民衆化」「民衆の警察化」を目指す明治以来の動きの中で事件を考察する。民衆自身の秩序維持力に対する警察当局の期待は、警官の指導を無視して朝鮮人に危害を加えた自警団によって裏切られた。それが治安維持法制定などの「厳罰」主義台頭につながっていく。
 関東大震災は、近代日本の来歴に鋭い問いを突きつけた。では、東日本大震災は戦後日本の何を問うものだったのか。改めて考えるべき事柄は多い。
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 おはら・ひろゆき 政治思想史研究者 73年生まれ。著書『大正大震災』『軍事と公論』。

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