文理悠々

梶井「檸檬」が戻ってくるという話

2013年12月16日

丸善京都河原町店の『檸檬』の上に客が置いていったレモン=2005年9月30日、南部泰博撮影

 科学報道の世界を生きてきたせいだろうか、小説はあまり読まないな、という友人知人はけっこうたくさんいる。そんな人が、でもあれはよかったなと言って挙げる小説の一つが梶井基次郎の「檸檬」だ。きっと、学校時代に教科書で読んで、その記憶が鮮烈に残っているということもあるのだろう。それでつくづく思うのだが、これほど教科書向きの作品はない。文章が簡潔で美しい。エッチなところがない。そしてなによりも短い。

 そんな「檸檬」好きにとって、とてもうれしいニュースが今年あった。だが、それが津々浦々に広まっているとはいえない。朝日新聞について言えば、6月に京都市内版で報じられただけのようだ。ただ、うれしいことに朝日新聞デジタルでは、過去1年の記事を地域版まで含めて読むことができる。僕も最近、目あての記事をガチャガチャ探しているうちに、たまたまこの朗報に出会った。

 「作家、梶井基次郎(1901~32)の代表作『檸檬(れもん)』の舞台となったことで知られる丸善書店が、2015年春、京都市内に再出店することになった。05年に閉店してから10年。『ファンの声に応えて』オープンを決めたという」。こんな前文で始まる記事だった。懐かしい本屋さんが消えていくという話ばかり聞こえてくる昨今、一瞬耳を疑うほどうれしい話である。

 「『檸檬』の舞台となったことで知られる丸善書店」の説明はおそらく不要だろう。この作品については、すでに読んでいる人が当コラム読者の過半数を占めそうだからあえて言ってしまえば、レモンを本屋の本の上に置くという行為がその筋書きの頂点にある。これが京都の「丸善」。作品が書かれた1924(大正13)年には、三条麩屋町に店があった。京都らしい落ち着きのなかに街の賑わいがある一角だ。

 その店は太平洋戦争直前の40年、河原町通蛸薬師上ルに移り、2005年秋まで営業を続けていた。河原町通と蛸薬師通が交わるあたりといえば、京都の中心街、四条河原町のすぐそばだ。店がたたまれるときには、本の上にレモンを置いていく客が跡を絶たなかった、と朝日新聞の報道にある。「店では忘れ物としてバスケットに集めて、『檸檬』の文庫本のわきに置いている」(2005年10月1日付夕刊)

 僕自身の個人史に重ねると、2000年代に入ってから2度の関西生活を送っているのだが、その谷間の東京勤務のときにこの閉店があった。30歳前後、京都支局員だったころから親しんでいた店だったので寂しさはひとしおだった。

 作品の主人公がレモンを買ったとされる寺町二条の果物店も2009年初めに店を閉じている。このときは関西勤務で京都に住んでいた。寺町通は寓居の近くにあり、好きな散歩道だった。そこに「檸檬の店」が現存したのを長く知らなかったことを僕は悔いた。

 ということで、今週の一冊は『檸檬』(梶井基次郎著、角川文庫)。表題作は、巻頭の一篇。ほかに13作品を収めている。巻末にある萩原朔太郎の「同時代人の回想」や三好達治の「交友の思い出はるか」も、梶井ファンを喜ばすことだろう。

 今回「檸檬」を再読してみて、自らの記憶の危うさに愕然としたことが一つある。それは、主人公の「私」が街を歩いて丸善にレモンを仕掛けたのが、夜だろうとばかり思い込んでいたことだ。

 ところが、導入部から本題に入るあたりにこんな一節がある。「ある朝――そのころ私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこからさまよい出なければならなかった」。こうして「私」は追い立てられるように街へ出るのである。

 昼間、それも朝の散歩ではないか。それで思わず耳の奥で聞こえてきたのが、ジャズのスタンダードナンバー「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」だ。「明るい表通りで」という邦題がつけられている。1930年の米国でつくられた曲で「通りの明るい側へ渡って歩いてごらん」「1セントも持ちあわせていなくたってロックフェラーになれるさ」と歌う。

 海の向こうでは大恐慌のどん底にあっても――どん底だからかもしれないが――こんな陽気な歌が生まれた。ところが、恐慌前で大正デモクラシーの世相を背景にした「檸檬」では朝の散歩なのに午前中の日差しのイメージがない。

 たぶん、僕が朝を夜と取り違えていた理由の一つは、散歩の合間に織り込まれた想起のシーンにある。レモンを買うことになる果物店を素描した後、「またそこの家の美しいのは夜だった」で始まる段落だ。「寺町通りはいったいににぎやかな通りで――といって感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾り窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ」

 それは、すぐ隣の家や、寺町通と交わる二条通が深い暗がりの中にあるからだ。「周囲が真暗なため、店頭につけられた幾つもの電燈(でんとう)が驟雨(しゅうう)のように浴びせかける絢爛(けんらん)は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しいながめが照らし出されているのだ」。闇に浮かぶ光の塊。「裸の電燈が細長い螺旋棒(らせんぼう)をきりきり眼の中へ刺し込んで来る」という刺激的な描写もある。

 このすぐ後の段落で、「私」が果物店でレモンを買ったことが記述される。「その日私はいつになくその店で買物をした」とあり、「その日」は素直に読めば「ある朝」のことととれるのだが、前段落の夜景が脳裏に残っているので夜の話だと錯覚してしまう。

  「いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好(かっこう)も」。この鮮やかな色彩も、残影を引きずって夜の店頭の裸電球の下に置いてしまうのである。

 そのトリックは丸善に入っても続く。書棚に並ぶ画集を取り出す場面。「私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いてこない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出してくる」「とうとうおしまいには日ごろから大好きだったアングルの橙色(だいだいいろ)の重い本までなおいっそう堪え難さのために置いてしまった」。このオレンジも闇に浮かびあがらせてみたくなる。

 そしてクライマックス。「本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら」。そう思って、本を積んでは崩し、また積んでから抜いたり加えたりして「城」を築き、そのてっぺんにレモンを載せた。「見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンとさえかえっていた」。ここにいたってレモンのレモン色に僕たちは圧倒されるのである。

 この色彩の存在感も、やはり闇に浮かぶ光という心象風景があったからこそ生きてくる。見事なほどに考え抜かれた構成美だ。朝の散歩に夜を介入させて梶井流の「オン・ザ・サニー・サイド……」を演出したのだとも言える。

 僕が、京都という街に感じる最大の魅力は「夜の暗さ」にある。たとえば南北に貫く烏丸通も東京や大阪の中心街よりずっと早くに夜の帳が下りる。一人歩きの危うさを除くだけの明るさがあれば夜は暗いほうがよい。街が暗いからこそ感じる生の温もりがある。

 「檸檬」の主人公は「できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった」と言う。この一篇の主題も街のありようではなく、主人公が病と退廃に蝕まれるなかで生の輝きを再発見した瞬間にあるのだろう。だが、にもかかわらず、これほど京都の魅力を凝縮して見せてくれる小説はない。2015年、河原町通に再出店するという京都丸善では、またまた平積み本にレモンが置かれることだろう。
(No.192おわり)

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