文理悠々

「紅白」改造計画を練ろう

2013年12月24日

2006年12月31日の紅白歌合戦=東京・渋谷のNHKホール、小暮誠氏撮影

 ことしも「紅白」が近づいてきた。蛍の光の歌声がフェイドアウトした後のゴーン。ステージの華やぎが一転、鐘楼の暗がりに変わる瞬間がたまらない。動から静へ、見事なほどの転回だ。「ゆく年くる年」のための「紅白歌合戦」という逆説も成り立つだろう。

 僕たちの年齢層には「紅白」に反発を感じてきた人が多い。NHKは、グループサウンズ(GS)が全盛のころ、GSを長髪組と非長髪組に分けて長髪組は歌番組に出さないということをやってのけた。フォークやニューミューシックの時代になると、若手ミュージシャンのほうからテレビ、とりわけNHKを忌避する機運が出てくる。NHK文化の極北にある「紅白」はベビーブーマーやその後続世代と相性が悪かった。

 それでも今、この番組なしに大みそかのことは語れない。NHKは、偉大なるマンネリをいつのまにか風物詩に転化させたのである。こうなったならば、いっそ開き直って大胆にも勝手に「紅白」の改造計画を練ってみることにしよう。

 なんと言っても気になるのは、最近の出場歌手選びだ。僕個人の趣味に根ざした言い分なので、反撃を受けることを覚悟で言うのだが、どうもピントがぼやけている感じがする。演歌系と若手Jポップ系をムリムリ貼り合わせている印象を拭えない。

 今年も11月下旬に顔ぶれの発表があった。それを伝える朝日新聞の記事の一部を引用してみよう。「初出場は紅組がE-girls、NMB48、miwaさんの3組、白組が泉谷しげるさん、クリス・ハートさん、サカナクション、Sexy Zone、福田こうへいさん、Linked Horizonの6組」(11月26日付朝刊)。ここに並ぶユニットのいくつをあなたはご存知だろうか。

 初出場に若手Jポップ系が目立ち、演歌系が少ないのは、演歌歌手たちは連続出場していたり、何度も出ていたりすることが多いからだ。僕の勝手な判断基準による色分けでは、演歌系と若手Jポップ系がほぼ8割を占めている。その裏返しで、割を食っているのが大人の非演歌系である。ポップス、ジャズ、シャンソン、ロック、カントリー、ニューミュージックの流れをくむ成熟の歌い手が恐ろしく少ない。

 今回、僕が断トツで聴き逃せないと思うのは、再出場の高橋真梨子だ。しっとりと歌うバラードは昔から心地よかったが、年を重ねるごとにハスキーな味わいを増して歌詞の一言ひとことが僕の心に響くようになった。紅組では大人の歌をじっくり聴かせる洋楽系の枠が限定されているようで、そこに森山良子とかクミコとかが入ることもあるが、今年は彼女が入ったという感じだ。なんで、こうまで非演歌系は冷遇されるのだろうか。

 さて、その「ムリムリ貼り合わせ」の謎を解こうと手にとった一冊が、11月に出たばかりの『紅白歌合戦と日本人』(太田省一著、筑摩選書)。著者は1960年生まれの社会学者。テレビ文化論が専門で、アイドル論などの著作が多い。

 謎に迫る前に、この本で知った薀蓄話を受け売りしておこう。「紅白歌合戦」の第1回は1951年だが、その源流ともいえる「紅白音楽試合」が1回だけ、敗戦直後の45年大みそかにラジオ放送されている。当初案は「歌合戦」だったが、GHQ(連合国軍総司令部)が「合戦(battle)」を嫌ったという。このときに企画を出したNHKの若手音楽担当者近藤積の胸のうちにあったのが「3つのS」だった。

 それは、セックス(sex)、スポーツ(sports)、スピード(speed)だ。セックスと聞くと一瞬ギクリとするが、「男女対抗、つまり性別(セックス)に基づく対戦という形式は、体格や体力差が影響するスポーツではありえない。歌だからこそ、『男女対等、ハンディなしのゲーム展開』(近藤)が可能となる」という発想だ。「男女平等を、スポーツをモデルとする歌合戦で実現できると考えた」のである。

 そう言えば、と思いあたるところはいっぱいある。たとえば11月に発表されたのは「出場歌手」であって「出演歌手」ではない。応援合戦しかり。意味もなく勝敗にこだわる演出しかり。子どものころからの僕の疑問は、女子は白組の歌手が好きで、男子は紅組の歌手が好きなのに、なんで会場では紅組が勝って女たちが喜び、白組が勝って男たちがはしゃぐのかということだったが、その背景には戦後民主主義があったというわけだ。

 さて、謎の本丸。それは、著者が入念に書き込んだ1963年の紅白を振り返ると氷解してくる。ちょうど50年前、歴代最高の視聴率81・4%(関東)を記録した年だ。当時、僕は12歳だった。その記述を読むと、あのころの空気までが脳裏に蘇ってくる。

 「一九六三年一二月三一日午後九時五分。カメラが遠景からとらえた有楽町の東京宝塚劇場前。そこに白バイの先導のもと、聖歌トーチを片手に掲げ、白い鉢巻に白の運動着姿の渥美清が弾むような足取りで走ってくる」。そして楽隊が奏でるファンファーレのなか、そのまま劇場内へ。そうだ、この年の「紅白」は最初から最後まで東京五輪前夜の興奮のなかにあった。

 63年紅白も、演歌系と洋楽系は混在している。初出場組をみても、それがわかる。紅組が高石かつ枝、畠山みどり、倍賞千恵子、三沢あけみ、梓みちよ、伊東ゆかり、園まり(伊東、園は出場2回目の中尾ミエと3人で1枠)。白組は田辺靖雄、北島三郎、立川澄人、ボニー・ジャックス、田端義夫、舟木一夫。先日「今年で最後」を宣言した北島の第1回目がこの年だった。今の超ベテランが当時は若手として顔を出したのである。

 出場歌手とその曲名をみて感じるのは、演歌系からも洋楽系からも、あの時代の匂いが感じられてくることだ。演歌で言えば、北島三郎の「ギター仁義」。流しのギター弾きが主人公の歌で「花の都へ来てから五年 とんとうきめの出ぬ俺さ」(詞・嵯峨哲平)とある。白組司会の宮田輝も「『七年前に北海道から上京』し、工員や流しをしていたという、北島の下積み時代を紹介していた」という。

 著者は、これを2年後の紅白で北島がうたった永六輔作詞の歌に結びつける。うきめの出ない俺が「やがて『やればやれそな 東京暮らし』と思えるようになり、『嫁も貰って おふくろ孝行 帰ろかな 迎えに行こうかな』(『帰ろかな』)と言えるぐらいには、東京暮らしに慣れていく」。金の卵の集団就職などで農漁村の若者たちが巨大化する都市の働き口に吸い込まれていった時代だからこその歌だ。

 話を63年の紅白に戻すと、「ギター仁義」は洋楽系の坂本九が歌った「見上げてごらん夜の星を」と響き合う。この曲を主題歌とする同名のミュージカルで「主人公は、集団就職で都会に出てきて、働きながら夜学に通う高校生たちであった」。

 演歌系が畠山みどりの「出世街道」、村田英雄の「柔道一代」で高度成長のがんばりを歌えば、洋楽系は梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」で経済成長がもたらす核家族、すなわち「『パパ』『ママ』『赤ちゃん』からなる家庭」を描く。植木等は「ホンダラ行進曲」で「何をやってもホンダラダホイホイだからやらずにホンダラダホイホイ」(詞・青島幸男)。サラリーマンのレールにいったん乗れば、そこには安定した人生があった。

 半世紀前には、演歌系と洋楽系をくっつけてもムリのない同時代感の共有があった。だが、今それはない。「『日本というコミュニティ』は、昭和が終わりを告げ、歌謡曲が終焉を迎えるとともに崩壊していった」からだ。惰性の共存だけが残って貼り合わせ感を引き起こしている。著者によれば、「一人ひとりのキャラクターをベースとする、新たな〈安住の地〉を描こうとする『紅白』の時代」はすでに始まっているのである。

 だからこそ歌手を選び、曲を決めるときには視聴者「一人ひとり」の思いをもう少し拾いあげてほしい。1960年代、演歌もポップスも社会の実相と重なり合っていた。ところが2010年代、演歌やJポップは、おとぎ話の歌になりつつある。それもあってよいのだが、大人たちの一色に染まらない現実を映す歌がもっと聴きたい。なんと言っても、味わい深い半生を積み重ねてきた世代がふえているのだから。
(No.193おわり)

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