文理悠々

缶詰の孤独、缶詰の愛

2014年01月20日

食べたくなる、そして懐かしくなる缶詰、缶詰、缶詰=尾関章撮影

 今回は、いきなり本の話から入ろう。とりあげるのは『缶詰に愛をこめて』(小泉武夫著、朝日新書)。書店の新書売り場でタイトルが目に飛び込んできた。吸引力抜群の書名だ。思わず手が延びてしまう。それは、「缶詰」に保存食品の入れ物という本来の役割以上の魅力があるからだ。科学的にみても、哲学的にみても、そして審美的にみても、僕たちを惹きつけるなにかをもっている。

 その「なにか」とは何か。一つには時間を凍らせる働きだ。食材は遅かれ早かれ腐るもの、と古来人間は思ってきた。ところが、缶詰食品はこの常識を忘れさせるほど長持ちする。過去の食べ物を現在の食べ物にする食のタイムマシンである。

 時間だけではない。空間をも操る。それは、缶材がモノと光を遮断するからだ。僕らがふつうにモノと呼ぶものは通り抜けられない。ガラスびんやポリ袋と違って透けていないので中も見えない。世界は、缶の内と外とで二つに分断される。だから、魚介の缶詰では内側に潮の香のする海の世界があり、外側に僕らがいる街の世界があるというようなことが起こる。ふたを開けたとたん、外なる世界と内なる世界はつながって一つになる。

 そして、缶詰は美しい。まず思い浮かぶのは、アンディ・ウォーホールのキャンベルスープ缶だ。どうと言うことのないラベルをまとった側面がずらりと並んでいるだけで、アートになってしまう。大量生産の美と言えようか。

 もともと、食の世界は規格化が難しかった。むかし、果物はまばらの大きさで売り買いされていた。ところが今では、農村に選果場がある。かつて、レストランの味は一軒一軒違っていた。だが、今は街にファミレスができた。そんな規格化の波を先取りしたのが缶詰だ。僕の食卓にA社のBという缶詰があるとき、あなたの食卓にもA社のBが置かれていることがある。このとき、「A社のB」は交換可能の同一性をもっている。

 思えば、缶詰の列を見て美を感じるのは僕たちの自己愛かもしれない。規格化され、量産された缶詰の一つひとつに目をやって自分を思う。僕もまた大衆の一人ではないか、という自嘲的な思いだ。量産の中の孤独と大衆の中の孤独が響き合う。

 この孤独は、今回の一冊『缶詰に愛を……』を貫く通奏低音だ。まえがきに、こんな記述がある。「『一人でいる』ということと、『缶詰が好き』ということは、結構、性格的には重なるような感じがするのです」「缶詰には個食的な面があり、四畳半に一人、電気炊飯器を抱えながら、缶詰だけで飯(めし)を食うなんていうと、どことなく『缶詰は独居の友』という感じがあります」

 たしかにそうだ。僕自身の勤め人生活を顧みても、合わせて7年近い独身単身生活を支えてくれたのは缶詰だ。休みの日に何缶も買い込み、戸棚に積んでおく。いちばん手のかからない在宅個食が「ご飯のみ、あとは缶詰」だった。あるいは、僕の敬愛する物理学者が「大好物は缶詰」と言っていたことを思い出す。仕事が佳境に入れば家にも帰れないので、研究室にため込んだ缶詰を活力源にしているらしい。

 ここで気づくのは、缶詰とコンビニ弁当との違いだ。缶詰食は、おかずが家庭料理のようにアレンジされた弁当と違って、ぶっきらぼうではある。だが、食べる側からみればコンビニ弁当ほど他動的ではない。

 個食ということでは、「おひとりさま席」との違いもある。これは、社員食堂などに最近ふえてきた一人用の席を僕が勝手にそう呼んでいるもので、誰ともしゃべらずに食事を済ませたい人が窓際などで黙々と食べる。おひとりさま席のランチが人との接触を避ける弱気の孤独だとすれば、缶詰食の晩飯は一人で食べることの快楽を追求した強気の孤独を感じさせる。この本は、そんな積極個食の勧めとなっている。

 著者は、東京農業大学名誉教授の発酵学者。福島県の造り酒屋の家に生まれ、東京農大で学んだ。その食文化論は、学者らしさのない軽妙な書きぶりで人気がある。この本も「『味覚人飛行物体』の私は、大いなる缶詰愛好家であります」(「味覚人」に傍点)の一文で始まる。味覚を求めて北海道から沖縄まで飛び回っているからこのあだ名がついたというが、そんな安心安全なオヤジギャグもファン層を広げている秘密の一つだろう。

 実際、味覚を文字によって読み手に追体験させる力量は見事だ。伊豆へ講演旅行に行く途中の列車内での話。向かいの席の男性がかばんから缶詰を取り出した。「な、なんとその缶詰はノザキの牛肉大和煮なんです。この牛肉大和煮缶には、サイズが大小あるのですが、なんと大きいほうなんですなぁ。缶には牛が一頭描かれていて、足下のほうは草原の緑なんです」。このトリビア、そしてビジュアルから入る手法。

  「肉は少し赤みがかった飴色で、一番上のところには、ゼラチンとかコラーゲンみたいなのがプヨンプヨンとのっていましてね。脂(あぶら)のところはちょっと固まって白っぽくなっていて、その肉は結構厚くて、それがどうやら五、六枚入っているようなのです。とにかく、うまそうでやんしたなあ」。成分にも言い及んで科学とつかず離れず、擬態語を駆使して細部の質感にこだわる。

 擬態語がとくに効果を発揮するのは、サバ缶、サケ缶などの骨の食感だ。「骨を口に入れると、グズグズグズと崩れてきて、次にザラザラとして、それをギュッと噛みしめると、上の歯と下の歯で潰された骨が一瞬くっついてくるような感じがたまりません」

 著者は、この描写力で50種を超える缶詰について語っている。まず少年期、青年期を振り返って「セピア色のわが缶詰遍歴」を綴った後、各論に入る。「俺が愛した缶詰たち」は魚介編から野獣編、野菜・果物編、おやつ編に分けられ、そのほかに高級感漂う「眩しき缶詰たち」や著者にとって忘れがたい「わが思い出の缶詰たち」も登場する。ラベルの写真も満載で、一定年齢以上の人の郷愁をそそることは間違いない。

 うまそうだな、と思う筆頭格はサンマの蒲焼き缶。著者は中学生時代、千葉県銚子市のメーカーの逸品に出会い、「これはもう事件だ」と感じた。その食べ方指南。「缶の中には、だいたい、蒲焼きが二枚半入っています。ご飯茶碗に温かいご飯を盛って、そこにサンマの蒲焼きを一枚半のせて、まず一杯目。あとの一枚で、二杯目のご飯を食べる。三杯目は、余った蒲焼きのたれを上からトロトロトロ~ッとかけて、それで食べます」

 イワシの醬油煮缶の「絶頂的食べ方」もこれに似ている。「丼にご飯を半分くらい入れたら、その上にイワシをのせます。結構太いのが三匹入っていますから、そのうちの一匹をなるべくほぐさないようにしてのせる。そうして、端のほうから少しずつくずしながら、ご飯と一緒に食べる」。こうして1匹ずつ、時折醬油を少々垂らしながら味わい、「最後につゆだけ缶に残りますから、それもご飯にぶっかけて食べます」。

 見てとれるのは、調理済み食品をただ受け身で食べているのではない、ということだ。食べながら調理する、調理しながら食べる、という感じだろうか。食べる人間と食べられる缶詰とのコラボだとも言える。

 サバの水煮缶のくだりでは、著者とサバのこんな対話が出てくる。著者「サバ、どうだ、お前、幸せか?」。サバ「先生に食われて、私は幸せです。海にサバはいっぱいいるし、街にサバ缶はいっぱい売っているけど、サバ缶大好きの先生に食われるサバなんて、奇跡的です」。これはもう威張っていいことなのだというサバに著者は「おう、サバ威張るか、がんばれよ!」。これも「サバイバル」のオヤジギャグらしい。

 著者は、このサバとサンマ、イワシを青背の魚であることから「青物三兄弟」と呼ぶ。ほかにも、牛肉大和煮、コンビーフ、すき焼きの牛肉缶詰三兄弟や、ミカン、モモ、パイナップルの果物缶詰三姉妹がいる。もはや缶詰は著者にとって、ただのモノではない。

 缶詰には孤独が似合うが、缶詰があれば、もとい缶詰がいれば、さびしくはない。
(No.196おわり)

悠々広場
★虫さんから
 「缶詰の孤独、缶詰の愛」、楽しく拝読致しました。そして、すっかり忘れていた思い出が蘇りました。
 小学校の高学年、半世紀も前の昔のことです。自分の部屋らしきものが与えられたのと時を同じくして、ひとつの缶詰を買い、ひとり、その部屋で食べたのです。「果物缶詰三姉妹」のうちの「ミカン」でした。そして、期せずして僕の心に湧き上がったきたのが、「大人感」といいますか、「自分の脚で立った」という感覚。
 無論、小遣いで菓子類をいくらでも買ってはいましたが、「缶詰」は違った。それ以前、あのシロップに浸かった「ミカン」は、あくまでも食事と対になっていて、親からあてがわれるものでした。缶詰を自ら開け、親との関連なしに口にした「ミカン」は、「独立」、「自由」を体感させてくれたのです。思えばその体感は、「独立」、「自由」と表裏をなす「孤独」の道への第一歩でもあったわけです。
☆尾関章から
 「缶詰を開ける」という行為そのものに、きっと意味があるんでしょうね。著者の小泉武夫さんも「缶詰には『開ける楽しみ』があります。缶詰を開ける時のうれしさ、胸のトキメキ」と書いています。

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