文理悠々

カオルコの「昭和」を電子本で読む

2014年01月27日

『昭和の犬』で直木賞を受賞した姫野カオルコさん=2014年1月16日、東京、上田潤撮影

 芥川賞、直木賞の受賞作を聞いて本屋に駆け込んでもその本はもう売り切れ、ということが多い。今回も第150回両賞発表の翌朝、直木賞を受けることになった2作品がすでに単行本として出ていることを知り、ネットで調べるとやっぱり即日入手に苦労しそうだった。で、思いついたのが電子書籍。当方、紙へのこだわりがそれほど強いわけではないが、今まで二の足を踏んでいた。

 この機会に、僕の読書世界をデジタル空間に広げてみよう。そう思って、即決で『昭和の犬』(姫野カオルコ著、幻冬舎)の電子本を買った。必要は発明の母、という。必要は未体験ゾーン突入の父、でもある。

 姫野さんは、記者会見場にジャージ姿で現れた。スポーツジムから駆けつけたので、という。あざといね、という見方はあるかもしれないが、ジムから直行という理由も含めて、なかなかに巧い自分の見せ方だ。この作品をスマートフォンで読みはじめて僕の脳裏に浮かんだのも、作者がジャージ姿でジョギングする姿だった。息せき切ってというのではなく、そよ風を受け、ゆったり沿道を見まわしながら、という感じだ。

 文字はひらがなが多く、文は短めだ。そのことが、画面の印象を透明でリズミカルなものにしている。この軽快感は電子本読書の歩調とぴったり合う。ページを2本の指でつまむように繰るのではなく、1本指でスルー、スルーと先へ進む感覚。ソファでごろりとしながらスルー、電車に乗っていてもスルー、夜が更けて床に就いてもスルー、朝目が覚めてからもスルー。文庫本よりもコンパクトな魔法の本である。

 この小説は、朝日新聞によれば「姫野さんと同じ58年生まれの柏木イクが主人公。幼少期から現在に至るまで、イクが関わった犬や猫とその飼い主を時代順に追い、イクが見つけた幸せを描く私小説」(2014年1月17日付朝刊)だ。

 作者は、犬や猫を結び目にしたイクと家族、イクと近隣の人、イクと家主、あるいはイクと通りすがりの人とのつながりを描くことで、それらの人々の苦悩や孤独を浮かびあがらせる。主題はそこにあり、小説として評すべきもそこにあるのだろう。ただ僕は、作者が主人公の成長とともに切りだしていく時代模様に目が向いてしまう。『昭和の犬』の「犬」ではなく、「昭和」のほうに心惹かれたと言ってもよい。

 それぞれの章につけられた表題をみてみよう。「ララミー牧場」「逃亡者」「宇宙家族ロビンソン」「インベーダー」「鬼警部アイアンサイド」「バイオニック・ジェミー」……。いずれも米国のテレビ番組。大半は昭和後半に日本で放映されたものだ。この小説は、幼いころから洋ものドラマに親しんで育った世代の目を通してみる昭和後半史ということもできる。

 冒頭の「ララミー牧場」で、イクは5歳。田舎道を馬車に揺られて、それまで預けられていた紫口の宣教師館から両親が手に入れたばかりの香良の家まで連れていかれる。「滋賀県下では大きな城下町である紫口市はもちろん、香良市も道のアスファルト舗装が進みつつあった。信号もあったし、自動車も走っていたし、TV(テレヴィジョン)も電気炊飯器も普及し、コカ・コーラも売られていた」

 「それでもまだ馬をひいて道ゆく人が、たまにいた。馬は信号待ちをしているとよく脱糞するので、それを子供ら――なぜか男の子供と決まっていたが――は、奇声をあげて喜んだものだ。そのころのはなしである」

 馬車でたどり着いた家は「ララミー牧場に出てくるカウボーイの家」のようだった。もともと、遊園地建設の事前調査のための仮設事務所として建てられたものだ。「ララミーハウスには畳がなかった。押し入れもなかった。階段も。風呂も。蛇口も。『近所』もなかった。そして便所がなかった」。もとは陸軍軍人でシベリア帰り、今は外国語学校に勤める父が見つけた「物件」は、あまりに簡素で和洋の違いを超越していた。

 1960年代前半、田舎町が地方都市と呼ばれるようになり、そこにも大量生産の家電製品が出回りはじめた。だがまだ農耕社会のにおいが残り、小屋同然の貧しい住まいもある。そんな過渡期を過不足なく描いている。

 言うまでもないが、滋賀県には紫口という市も香良という市もない。ただ、「このころ日本には公立の託児所はわずかしかなく、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの活動拠点であった滋賀では、しばしばキリスト教教会がそれを開いていたためである」という記述に出あうと、現実感が湧いてくる。ヴォーリズが実在の建築家であり、近江ゆかりの起業家だからだ。こうして架空と現実のあわいにある小説世界に僕たちは誘い込まれる。

 続く「逃亡者」の章には、こんなくだりがある。「東京でオリンピックが開催され、新幹線が『夢の超特急』と呼ばれて開通していたが、ブラウン管に映るアメリカの家庭の冷蔵庫や、そこに入っている牛乳瓶の大きさ、オーブンのあるタイル張りの台所は、日本の庶民にとって『フィクション(架空)』だった」。太平洋の対岸がまぶしく見えれば見えるほど、足もとのつましい暮らしぶりが痛感される時代だった。

 「ドクター・キンブルの妻の死体が纏(まと)っていたVバックのノースリーブドレスがデラックスで煽情的に映った」(「デラックス」に傍点)。イクは6歳。それでも「逃亡者」に出てくる「Vバック」や「ノースリーブ」の印象は鮮烈だった。

 「宇宙家族ロビンソン」の章で、柏木家は鉄筋の家に住んでいる。「直方体で三角の屋根はなく、瓦も葺(ふ)いていない。だが煉瓦(れんが)の煙突はある。そのオブジェは、田んぼを住宅地につくりかえて開発が進みはじめたばかりの辺りでは、目を剥くほど奇異に映った」(「オブジェ」に傍点)。その家を設計した建築家の事務所には「ミースの写真集」。モダニズム建築がひたひたと戦後昭和の風景に入り込んできていた。

 「インベーダー」の章で、イクは小学校高学年。「背がのびたイクは四回、大学生にまちがわれた」「四回とも京都市内で、まちがえたのは四人とも国立大学の学生だった」「ビラを片手にイクに声をかけ、年齢を聞いて渡しかけたビラをひっこめた」。万博、よど号、三島事件、札幌五輪、あさま山荘、横井さん、連合赤軍、石油ショック。「すべてが目に突き刺さるような原色のできごとは、遠近(パースペクティブ)を崩してしまう」

 「鬼警部アイアンサイド」では高校生。学校帰りの軽食屋で、部活仲間がイクのたこ焼きをちゃっかり口にほうり込む。店主がそれを褒めて「坊(ぼ)んみたいに人の分まで食べんと生き残れへん」。おっとりした戦友の死を思いだして涙を流す。「このころ、いきなり戦時下の記憶に吸い込まれて立ち止まる壮年者が、ふといた。床屋や田んぼの畦道や職員室、スーパーマーケットの駐輪場、歯医者の待合室、そんな日常の場所にまだ」

 「バイオニック・ジェミー」では東京のミッション系大学に進んで、歯科開業医の家に間借りする。「東京杉並区には、田んぼも畑も広がってはいない」。だが、そこにはまだ田舎の名残があった。散歩の途中、かつては野菜農家だったという家の造りに興味をそそられる。「アルミではなく木枠にガラスを嵌めた窓の縁側を、観光客のようにイクはながめた」。アルミサッシ攻勢に遭いながらも生き残る昔ながらの縁側。

 そして、1980年代を描いた章。イクは就活して社会人になる。「明るさは対人関係最大の武器であるが、とりわけ昭和五十年代後半は、明るさを、人がもはや強迫される時代であった。ものごとに拘(こだわ)らない、考えないことを、ひょうきんだ元気印だと礼賛する時代であった」(「もはや強迫される」に傍点)。こうしてバブル経済が頂点に向かうのである。

 イクは、日本社会に残る戦争の傷跡をのぞき見た最後の世代だろう。そして、ベビーブーマーの反抗を遠目に見てビラを手渡されなかった世代でもある。昭和史を掘り起こすのは松本清張世代の特権ではない。イクが語る昭和の位相が僕には新鮮に思える。
(No.197おわり)

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