思い出す本 忘れない本

文月悠光(詩人)さんと読む『手のなかのこころ』

2014年09月14日

文月悠光さん(詩人)91年生まれ。高校3年生の時に中原中也賞などを受賞。昨年、詩集『屋根よりも深々と』(思潮社)を出した。=麻生健撮影

■作者の矜持を教えられた

『手のなかのこころ』 [著]綿引展子 (晶文社・1296円)

 綿引さんは1958年生まれのアーティストです。この作品集には、高3のときに札幌の美術館で出会いました。作品に添えられた散文詩のような文章に引かれて。「なにかを作りたいという、心のそこに欲望があった」「私はひどく悲しいのでなにかを作りださずにはいられなかった」……。気になる言葉がたくさんありました。以来、詩を書き始める前に開いたり、繰り返し読んできました。
 綿引さんは、自分の心が傷つかないように、大きなぬいぐるみのなかに逃げこんでいるような子どもでした。「あなたには心がないわ」と、お茶の先生に言われたそうです。大人になって福祉の仕事に就き、生まれて初めて「人間っていいものだなぁ」と思います。「人間がいいものなら、私だっていいものかもしれない」と。
 そして、自分の過去を写真から読みとり、改めて自分のものにしようと、子どものときの写真を箱に入れたオブジェを作るようになり、心を取り戻してゆきます。本の題名どおり、こころは手のなかにしっかり戻ってきたのです。
 その後、和紙にオイルパステルで絵を描くようになりました。目だけが強調され、奇妙な表情をした人間や生きものが、はっきりした色使いで描かれています。不気味なのに、どこかユーモラスで、強い主張がある作品です。
 「声よりもちかくならぶきみ」とか、作品の題名もユニークです。好きな石原吉郎の詩からとったりしているそうです。
 綿引さんは、自分が抱えている欠点や狂気、気持ちの悪い部分まで含めて、すべて自分なんだと受けいれ、作品として制作することで、自分を解放してきました。そんな創造のリズムが、作者のなかで生まれるまでの過程を描いている本です。本当に強い方だな、と思います。詩を書いている私にとって、ものを作る者としての矜持(きょうじ)を教えられた本でもあります。
 いつか実際の作品を見てみたいですね。
(構成・白石明彦)



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