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家事の論争史 水無田気流さんが選ぶ本

2014年09月21日

ヘーベルハウスの「妻の家事ハラ白書」サイト

■いかに評価し誰が担うのか
 先ごろ、「家事ハラ」という言葉がちょっとした話題となった。共働きが多数派となった昨今、家事を手伝う夫の参加意欲を、「妻の心ないダメ出し」が損なっている……という文脈で、ヘーベルハウス「共働き家族研究所」が打ち出したもの。すでにこの語は、竹信三恵子が『家事労働ハラスメント』で、家事やその担い手を不当に貶(おとし)めるという意味で用いていたため、物議を醸した。根底にあるのは、家事をいかに評価するのか、誰が担うのかの問題だ。家事はお金で測れない神聖な価値があると持ち上げられる一方で、誰でもできる単純作業と貶められてきたが、ともに家事の無償性の根拠とされたことに変わりはない、と竹信は指摘する。この背景を無視して、家事を当事者同士の主観の問題に収斂(しゅうれん)するのはいささか無理がある。

■背後に潜む感情
 家事・育児・介護等の無償労働は人間が生活し次世代を育むために必要不可欠なものだが、負担は女性にばかり重く、その分外で働くには極めて不利。これは近代社会の成立基盤そのものに関わる課題である。アン・オークレーは『主婦の誕生』(三省堂、品切れ)で、19世紀に「女性=情緒的存在=愛情表現としての家事労働」の三位一体化が促された過程を検証。『家事の社会学』(松籟社、品切れ)では、主婦たちへのインタビューをもとに問題を詳解した。やって当たり前、やらなければ非難されしかも無償の家事労働について女性たちが抱える複雑な感情は、現代日本の女性たちにも共通するだろう。
 問題を構造解明し、家事をはじめあらゆる再生産労働を無償労働の拒否という観点から論じたのはマリアローザ・ダラ・コスタ『家事労働に賃金を』(インパクト出版会・2160円)。共働き世帯の女性の就労と家事の二重負担の現実を検証したのは、アーリー・ホックシールド『セカンド・シフト 第二の勤務 アメリカ共働き革命のいま』(朝日新聞社・品切れ)。ルース・シュウォーツ・コーワン『お母さんは忙しくなるばかり 家事労働とテクノロジーの社会史』(法政大学出版局・4104円)は、技術の進化が家事を省力化させるはずが逆に女性をますます忙殺してきた事実を、歴史的変遷に沿って丹念に論じた。
 家事を一手に担う「専業主婦」の地位は、家事の社会的評価の変化につれ揺れ動いてきた。上野千鶴子編『主婦論争を読む』は、日本で1950年代から3次にわたり討議された主婦論争を網羅。女性も働いて経済的自立を果たすべきか、家庭責任を果たすのも社会への立派な貢献か、主婦こそが生活者視点から自由に発言できる解放された人間か、そして家事は有償か無償か……等の激しい論争は、今なお決着がつかない社会の矛盾を内包している。個人的には、この喧騒(けんそう)の最中、どの論陣からも遊離した梅棹忠夫「妻無用論」が、異彩を放ち印象深い……。

■市場からの退避
 近年は、従来の働き方やファストな消費生活への懐疑と新しいライフスタイルの模索から、手作りやエコロジーに配慮し昔ながらの家事を見直すに至ったエミリー・マッチャー『ハウスワイフ2・0』のような本も注目を集めている。女性だけではなく男性にも、この主張に賛同し労働市場からの退避を望む者も出てきている。ただこの場合、誰が家計負担を担うのかの問題が浮上。事態は複雑さを増しているが、今こそ就労・家族生活・余暇のあり方について、包括的な見直しが求められている。
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みなした・きりう 詩人・社会学者 70年生まれ。『無頼化した女たち』など。

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