翼 [著]白石一文

2014年09月21日

■人生の孤独、揺れる死生観

 昨年10月に創業した出版社、鉄筆。今年7月に出版された刊行物第1弾の文庫が好調だ。
 主人公は大手企業で精力的に働く30代半ばの田宮里江子。ある日10年前にプロポーズしてきた長谷川岳志と再会、再び求愛される。しかし彼は学生時代の親友の夫である。当然拒絶したものの彼や職場、家族との関係に揉(も)まれるうちに、里江子の人生観、死生観は揺れていく。
 自分こそ運命の相手だと言い張る長谷川はやや強引な印象だが、これはストーカーの話でもベタ甘な恋愛小説でもない。人は元来孤独な生き物で、それでも生きていくにはどうしたらいいか、という著者の主張が滲(にじ)み出る。「世の中に絶望しながらも生きようとする長谷川岳志の発言には、うなずけるところもあるのでは」と鉄筆代表取締役の渡辺浩章さん。若い女性からは「同じ箇所を何度も読んで泣いた」という感想も寄せられる。
 渡辺さんは元光文社社員。もともと書籍編集希望だったが長年週刊誌編集部や営業部などに在籍。「編集と営業のことは一通り学んだので、ひとりでも書籍出版ができるはず」と思い、退社を決意。本書は営業時代、自らが手掛けた書店向けの販促ペーパーに連載した小説でもある。
 話題性を狙い、小規模出版社としては珍しくいきなり文庫レーベルを立ち上げ、第1作には直木賞作家によるこの話題作を選んだ。カバーはリバーシブルにして、裏面にはネットで募集した本作のイメージ画の入賞作品5点を掲載している。
 初版は5万部。後に返品されるリスクはあるが、各書店が希望する冊数を満数出荷し続けている。「返品のリスクと書店の熱意だったら、僕は熱意を優先したい」と渡辺さん。そんな思いを受けてか、多面展開する店も多い。文庫第2弾は辺見庸さんの『反逆する風景』で、10月下旬に刊行予定という。
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 鉄筆文庫、648円=4刷8万部

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