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ギャンブルを読む 鈴木繁が選ぶ本

2014年10月19日

マカオのカジノ。米ラスベガスをはるかにしのぎ、売り上げは世界一=07年

■統治者が推進する時代に
 昨今のカジノ解禁法案をめぐる攻防は、わが国の長いギャンブルの歴史で、かつてなかった事態となっている。
 8日の参院予算委員会で共産党の大門実紀史氏は、カジノ推進派の安倍首相に「賭博の禁止は持統天皇が『雙六(すごろく)禁止令』を出してから1300年ぐらい続く。軽々しく解禁していいのか」などとただした。たしかに賭博は律令制下でも公家政治でも禁止、鎌倉・室町幕府も賭博を禁じている。ただし、これは下々に限った話。増川宏一『賭博 3』(法政大学出版局・3456円)によると、資産を持つ支配階級にとって賭博はワクワクする娯楽だった。聖武天皇ご愛用とされる紫檀(したん)の雙六盤とガラスの駒を、正倉院展でご覧になった向きも多かろう。
 為政者が禁令を出しても出しても、ギャンブルは広まる一方だった。庶民文化が花開いた江戸期ときた日にゃ、かるた、付句、頼母子講(たのもしこう)、射的……すべてばくち化のギャンブル天国だ。

■経済構造の変化
 賭博が実際的な弾圧を受けるのは近代国家の成立以降、と増川は書いている。明治政府は「西南戦争以後の最大の武装勢力」である博徒が「自由民権運動と結びつくことを極度に恐れ」、きつく取り締まった。
 それが今や逆転。統治者が賭博場を推進する。なぜか。背景には経済構造の変化がある。
 『リスク』は未来を予測することで危機を回避し富を得ようとしてきた人々の歴史を振り返る大著だ。「自然」と「経済」の関係が産業革命ののち壊れていくさまが分かる。文明が進むにつれて自然より「人間の決定の方が重要」とされ「人間の相互依存性」は高まる。
 未開地は狭まり自然から収奪ができなくなると経済の重心は人間同士の仕掛けあいに移る。人の欲望の動きが鉱脈。と同時に損失への導きともなる。
 インターネット時代が到来すると投資は仮想世界にも広がった。人は幻想を手に入れるのにも金を賭けた。快楽や欲望の持続システムが利益を生むのだ。
 まつもとあつし『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書・802円)を読めば、21世紀型娯楽産業では射幸心をあおる「ガチャ」=電子くじ引きが魅了のキモだと分かる。課金の核でもある。

■ドラマは消える
 そこには破滅覚悟で突き進む攻撃性はない。『賭ける魂』は、型破りな宗教人類学者が勝ちより負けが多い世界であっても、ドキドキすれば自分の勝ち、を語る本。さらに進めば青山光二『札師』(品切れ、電子書籍版あり)や塩崎利雄『極道記者』(品切れ)で描かれた“ばくちの華”「手本引き」の場面へと至る。世間からのはみ出しどもが、勝負相手だけではなく己の心の弱さ、愚かさまで読みにかかる、ヒリヒリするようなドラマ。しかし、その思想も人間ももはや少数派だ。ギャンブラーの中でさえ。
 依存からの回復を支援するNPOがまとめた『ギャンブル依存との向きあい方』が挙げる21世紀型ギャンブラーは、発達障害や心の病を抱える人、能力の低い人、若年者らだ。IT化で、人にはオールマイティーな能力が求められるようになったため居場所を失った層、と本書は分析する。逃避先はおもにパチンコとスロット。金がなくなるとゲームに向かう。カジノのような対人種目は苦手だ。
 公営ギャンブルもパチンコも全盛期を過ぎた中で浮上したカジノ構想。客をどこに求める? ライバルが世界中にひしめくなかで勝ち抜けるのか。先の読みにくい賭けではあります。

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