視線

DIARY―母と庭の肖像 [著]山崎弘義

2015年04月19日

「またもや家に帰ると言い出して目つきが攻撃的になる……」と、書かれた2002年6月30日の写真

 認知症となった母親の晩年の3年余りを綴(つづ)った「日記」である。著者は写真家。左頁(ページ)に日付と出来事を書き、右には2枚の写真を並置する。1枚はその日の母、もう1枚は同じ日に撮った自宅の庭だ(最初と最後に例外がある)。
 さまざまな「ずれ」がある。笑みを含んだ表情でこちらを見つめる写真に「またもや家に帰ると言い出して目つきが攻撃的になる。一昨日、俺が怒鳴りつけたことを覚えているのか」という文が添えられている。前頁から10日以上が経っている。この間になにがあったのか(撮影自体はほぼ毎日なされたようだ)。
 母は死に行くことが確実な存在。庭にあるのは、冬枯れしていても春になれば再び芽吹くことのある生物だ。並べるのは、結構残酷である。でもそれゆえにこそ、山崎いくという人間の存在の一貫性と表情の豊かさとが見えてくる。人間の老いに「枯れる」という言葉はふさわしくないこともわかってくる。
 母は毎回、朝に撮影されたという。清らかな光の中、白い背景の前に母を立たせてシャッターを押す瞬間、息子はなにを感じただろう。辛(つら)い一日が再開することへの戸惑い、まだここに生があることへの喜び、疲れがとれないことへの諦念(ていねん)、やるせない愛情……きっと複雑だったはずだ。でも、朝の光はそれらを昇華させ、眼(め)の前にいる人の顔を美しく浮かび上がらせる。
 この厳然たる事実は救いだったはず。そしてそれを伝えたいからこそ、母の死から10年以上が経った今、刊行されたのではないだろうか。
    ◇
 大隅書店・3240円

DIARY: 母と庭の肖像

著者:山崎 弘義、荻野 アンナ: 解説、相馬 泰: 解説、北尾 崇: デザイン
出版社:大隅書店

表紙画像

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