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安全保障政策 遠藤誠治さんが選ぶ本

2015年05月17日

安保法制の閣議決定に抗議する人たち=14日、首相官邸前

■「安心供与」を変えるのか
 安全保障法制の関連法案が閣議決定され、国会に提出された。安倍政権は、専守防衛から離脱し軍事力を使用可とする方向で安全保障の基本姿勢を転換しようとしている。この転換の意味は、歴史や安全保障の理論に照らして理解する必要がある。鍵となるのは、「専守防衛」と「安心供与」という考え方だ。
 戦後日本は専守防衛を基軸としてきた。米国の攻撃力とセットだったが、日本自身は他国に対する攻撃力をもたないとされ、それ故にこそ自衛隊は合憲とされてきた。
 この専守防衛を鍛え上げれば、他国への安心供与を基礎に国際的緊張を激化させない安全保障を構想できる。それには、実は普遍的価値がある。この発想を基に、水島朝穂『ライブ講義 徹底分析! 集団的自衛権』は、「専守防衛」に日本が戻ることを強く提唱している。

■競争生む抑止論
 それに対して、安倍政権の政策は、強い軍事力で他国を威嚇し攻撃を思いとどまらせるという抑止理論を基礎としている。米国の後退と中国の台頭を眼前に、日本の安全を守るには、日米安保を強化し、自らが武力を用いる覚悟と用意を示すことで、抑止力を確保する必要があるという論理だ。
 この論理には落とし穴がある。抑止は相手への脅しを基礎にしている。脅された側は、恐怖から攻撃を諦めるかもしれないが、自らの抑止力を確保すべく軍事力を強化する可能性が高い。そうすると冷戦期の米ソのように軍拡競争が起こり、相互不信が昂進(こうしん)することになる。こうして抑止力強化は、日本の安全を改善せず、緊張激化や紛争をもたらすかもしれない。
 つまり、抑止の論理は安全保障政策としては完結しておらず、安心供与や信頼醸成を必要としている。植木千可子『平和のための戦争論』は、この点を安倍政権の安全保障政策や、最近の米中の動向に即して、わかりやすく詳細に議論している。安心供与を基軸とする安全保障政策は米国からも提起されている(J・スタインバーグ、M・E・オハンロン『米中衝突を避けるために』村井浩紀、平野登志雄訳・日本経済新聞出版社・3240円)。
 安倍政権は「積極的平和主義」として日本が世界の安全にも貢献するとアピールしている。今回の法制度変更で、自衛隊は国連PKOや、国際的な承認の下に活動する米軍や他国軍隊に戦場内で後方支援を担当できるようになる。

■人間間の信頼を
 しかし、治安維持能力を失った社会で、外国の軍事組織が武力による威嚇を用いて行う平和への貢献は大きくない。アフガニスタン、イラク、シリアの例を見れば明らかだ。「人間の安全保障」を提唱してきたM・カルドーは『「人間の安全保障」論』で、内戦や治安喪失の中で必要なのは、人権の確保を目的に、人間相互間の信頼関係を回復させ、人々が生きていくために必要な条件を整備することだと主張している。劣悪な治安状況で行われる自衛隊の災害支援活動をイメージすれば良いかもしれない。それは敵の能力の効率的な破壊に長(た)けた軍事組織が得意とすることではない。
 脅しから安心供与へ、破壊能力の強化から人間が生きる条件の整備へ、と世界の安全保障論は展開している。だとすると、これまでの日本は、世界が進む道の最先端にいたのかもしれない。この道から転換する安全保障政策は、何をもたらすのか。
    ◇
えんどう・せいじ 成蹊大学教授(国際政治学) 62年生まれ。シリーズ『日本の安全保障』の共同編集代表。

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