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日韓国交正常化50年 吉澤文寿さんが選ぶ本

2015年06月14日

日韓基本条約の調印式=1965年6月22日、首相官邸

■過去と対話し未来を描く
 1965年6月22日の日韓基本条約締結により、日韓国交正常化が実現した。今年はその50周年である。この間、両国は緊密な外交関係を維持するとともに、様々な交流を続けてきた。にもかかわらず、今日に至ってもいわゆる「歴史問題」や、竹島/独島をめぐる領有権問題などがくすぶり続けている。
 このような問題の原点となる日韓国交正常化交渉(以下、日韓会談)については、高崎宗司『検証 日韓会談』で簡潔に整理されている。ただし、日韓会談関連外交文書は2005年に韓国政府が全面開示するまで、ごく一部しか閲覧できなかった。その後、日本でも市民団体による運動の成果として開示が進んだ。李鍾元(リージョンウォン)・木宮正史・浅野豊美編著『歴史としての日韓国交正常化』(全2巻、法政大学出版局、1=5940円、2=7020円)はそれらの資料を駆使して、日韓会談を多面的に検証した研究成果である。

■請求権が焦点に
 1945年に日本がポツダム宣言を受諾し、アジア太平洋戦争に敗北したことにより、植民地朝鮮が解放された。その後、48年に朝鮮で南北分断体制が成立した。当時の朝鮮は東西冷戦の最前線であった。50年6月から始まった朝鮮戦争が継続する中、日本は51年9月に「片面講和」としての対日講和条約調印、10月から米国の斡旋(あっせん)で日韓会談予備交渉が開始された。
 日韓会談では植民地支配に対する認識をめぐって、両国が激しく意見を対立させた。最大の焦点となった請求権をめぐる交渉過程の詳細は太田修『日韓交渉』で明らかにされている。
 韓国は対日講和条約に調印できなかったことから、戦争賠償請求を留保し、未払い金、郵便貯金、恩給等の返還を請求し、「植民地支配の清算」を主張した。
 これに対し、日本は対日講和条約で放棄したはずの在朝日本人財産に対する請求権を主張し、53年10月には久保田貫一郎代表が「日本が(朝鮮に)行かなかったとすれば中国かロシアが入って来たであろう」などと日本の朝鮮支配を正当視する発言をしたため、日韓会談は4年半の中断を余儀なくされる。
 再開後の会談で、韓国の請求権が議論されるが、日本は事実関係と法律関係を問い、それらの大部分を拒絶した。そして、朴正熙(パクチョンヒ)政権の韓国経済開発のてこ入れをするため、合計8億ドル以上の経済協力でこの問題は決着してしまう。このように、戦争および植民地支配による被害を一切問わない請求権交渉に対して、韓国人被害者らは日韓会談当初から補償要求運動を続け、現在に至っている。

■背景の理解必要
 日韓会談ではこのほか、基本関係、「在日韓国人」法的地位、文化財、漁業、船舶などについて討議された。これらの問題を考える上で、その背景となる事実を理解することも必要である。池内敏『竹島問題とは何か』は、日本が執拗(しつよう)に日韓会談の「議題化」を目指した竹島/独島領有権問題に対する歴史学からの回答である。17世紀以降の日本と朝鮮との間でこの問題がたどった経過を見ると、日韓両国の主張それぞれに検証すべき課題があることが分かる。
 「過去を克服する」とは問題をまったくなくするという意味での「清算」では決してあり得ない。むしろ消し去ることができない過去とつねに対話を続けながら、あるべき未来を描く営みである。隣国との関係も長期的展望をもって臨みたい。
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 よしざわ・ふみとし 新潟国際情報大学教授(朝鮮現代史) 69年生まれ。著書『戦後日韓関係』『日韓会談1965』(近刊)など。

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