思い出す本 忘れない本

羽原大介さん(脚本家)と読む『ストリッパー物語』

2015年06月14日

 64年生まれ。ドラマ「マッサン」、映画「パッチギ!」「フラガール」など。劇団「昭和芸能舎」主宰。=早坂元興撮影

■底辺の人々の視点で見る

『ストリッパー物語』 [著]つかこうへい (トレンドシェア・2057円)

 初めてつかこうへいの作品に出会ったのが「ストリッパー物語」でした。18歳の時。大学で入った演劇も映画もラジオドラマもやるサークルで、戯曲の一シーンが配られたんです。エロもラブもコメディーも、ぐちゃっと一緒になってる感じが面白いと思った。
 戯曲を単行本で読んでみたら全くストーリーが違う。小説版を買ったら、今度は語り手も変わる。「いったいどんな人なんだろう」と興味を持ちました。
 卒業後、芸能プロダクションに入り、歌手の付き人に。タレントがラジオ番組につかさんを招くというので見に行ったら、先輩マネジャーが紹介してくれた。そしたら、「おまえ何で大学まで出て、アイドルのパンティーストッキングたたむような仕事してるんだ」と聞かれた。「つかさんに出会ってこの世界に入りました」と言って、丸暗記していたせりふを“ぶわっ”と言ったら、「会社やめて俺のところに来たら」って。翌日、辞表を出しました。
 つかさんの下では、運転手兼付き人兼大部屋俳優兼舞台監督助手。でも、給料はチョイ役で出る舞台の出演料だけ。3年、そんな暮らしをした後、つかさんから突然、知り合いの制作会社に入れと言われ、脚本を書くことに。
 つかさんはシナリオを書かず役者に口頭でせりふをつけたんですが、それを俺は全部覚えていた。「一人熱海殺人事件」が出来たんですよ。音響のタイミングまで完璧に覚えていたから。そういうところで「脚本家で行ける」と思ってもらえたのかもしれません。
 どのつか作品にも言えるのは、底辺の人々の視点から社会を見るということ。逆境にいる人もどん底の人も、主役も小さな役の人も精いっぱい生きているということ。脇の人が脇の人の人生を生きているから、ドラマが生まれる。もし僕の脚本でそれができているとすれば、それは間違いなくつかこうへいから学んだことです。
 (構成・守真弓)

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