売れてる本

握る男 [著]原宏一

2015年10月04日

■人の心と権力、永遠の命題

 一介のすし職人「ゲソ」が巨大外食企業の経営者へとのし上がっていくさまを描いた小説。巧みに人心掌握し、謀略を仕掛けていくさまはめっぽう面白い。先輩が別の職人からギャンブルのための借金を頼まれたと聞いたゲソは、貸した方がいいと断言する。職人を「金で買うつもりで貸しちゃえばいいんすよ。世の中、金より人なんすから、こいつ、と見定めたやつのキンタマを握れるチャンスがあったら力業で握りにいかなきゃダメなんすよ」とうそぶくのだ。
 人間の弱みを握り、思うがままにコントロールしていく。「表舞台に立つようなやつは馬鹿なんだ。おれの理想は、支配されていると気づかれないように支配することだ」。題名の「握る男」には、すしを、人の心を、そして権力を握るという複数の意味が重ねられている。
 小説の舞台は1980年代から90年代にかけてのバブルの前後。参考文献としてバルザックの「ゴリオ爺(じい)さん」などとともに、ダイエー創業者の故中内功氏の評伝も挙げられる。言わずと知れた、日本の流通に革命をもたらしたカリスマ経営者だ。中内氏の経営は80年代に頂点に達した後、消費者の意識変化を見誤るなどして時代の流れに遅れを取り、失速していった。
 権力を握って絶頂に立ったゲソも目的を見失う。怪しげな祈祷師(きとうし)に頼るようになり、人心は離れていく。身近な者に裏切られ、あっけない最期を迎える。
 権力者の転落は古代から続く物語の典型だ。しかし権力と人間の関係は古くて新しいテーマである。人はなぜ権力に惹(ひ)かれ、権力を奪取しようと目論(もくろ)むのか。絶対的な権力も決して長続きせず、たいていはあっけなく崩壊する。なぜ権力とはかくも脆(もろ)いのか。なぜ人は権力者に惹かれ、同時に憎むのか。それら永遠の命題をいま一度考えさせてくれる小説である。
    ◇
 角川文庫・821円=8刷8万部


関連記事

ページトップへ戻る