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ノーベル賞と素粒子 尾関章さんが選ぶ本

2015年11月08日

ノーベル物理学賞に決まった梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長

■見えない世界を人知が見抜く
 「ニュートリノに質量があるとわかって役に立つことがあるの?」。ノーベル物理学賞の報道に、こう首をかしげた人は多いだろう。そこで思うのは、同様の問いが文学賞にも発せられるかということだ。
 素粒子にかかわる物理学賞は、私たちのリアリティーを広げる営みに価値を見いだす点で文学賞に重なる。ならば、同じように受けとめてもよい。
 ニュートリノは、人の体も素通りする幽霊素粒子だ。今年の物理学賞に決まった梶田隆章さんたちは、それが飛行中に変身することを確かめて「質量がゼロでない」と見極めた。標準理論を超える発見だったが、変身が起こり得ることは理論家も予想していた。理論と観測がかみ合って「幽霊」の実在感がますます高まったのである。
 見えない世界を人知が見抜く快挙に人間の偉大さを感じる。と同時に、五感の外に現実が広がっていることを知って人間の卑小さにも気づく。そこにはどんな拡張世界があるのか。

■モノよりもコト
 1965年の物理学賞受賞者朝永(ともなが)振一郎は『量子力学と私』で、素粒子には私たちが物質に対して抱く固定観念が通じないことを強調する。粒ごとに名前をつけて区別できないというのだ。だから、空間に存在する「場」の「状態の変化」とみたほうがよいと勧める。
 『物質のすべては光』の著者F・ウィルチェックは、究極の素粒子クォークの力学理論で2004年に物理学賞を受けた。この人は「物理的現実(リアリティー)の根底」に、時空を満たす「グリッド」という構造を想定する。そこから物質世界が導き出される道筋を、この本は素描している。
 拡張世界のカギを握るのは、モノではなくコトらしい。物質が立ち現われるしくみとして、どんな場があり、どんな力が働くかということだ。
 それは、1949年に物理学賞を受けて日本初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹の自伝『旅人』からも読みとれる。
 読みどころは、原子核の陽子や中性子を結びつける力は「万有引力や電磁気的な力には還元できない、第三の力」と見定めるまでの思考の軌跡だ。
 受賞につながった中間子論の意義は、未知の粒子を予言したことよりも、原子核に未知の力をもち込み、精緻(せいち)な理論でそれに実在感を与えたことにあるのだと気づかされる。
 原爆も原発も、この「第三の力」が束ねる核を分裂させてエネルギーをとりだす。拡張世界をいきなり実用に供したのである。私たちは3・11まで、「第三の力」を、人類が慣れ親しんだ重力や電磁力と同列に扱ってはこなかったか。

■原子力への内省
 賞の枠が3人まででなければ65年に朝永と共同受賞していたかもしれない物理学者にF・ダイソンがいる。その自伝『宇宙をかき乱すべきか』(上下、鎮目恭夫訳、ちくま学芸文庫・品切れ)には、原子力をめぐる内省がある。
 著者は50年代末、核爆発を宇宙船の推進力に生かす研究に携わった。核のエネルギーを殺戮(さつりく)ではなく「良い目的」に使おうという思いからだった。だが、発進に伴う放射性降下物の悪影響を計算した結果、「情熱は急速に冷めてしまった」。この方式の宇宙船に対する見方は「力をこめたノー」に変わる。
 この潔さは、ノーベル賞には結びつかない。だがそこには、データを前にして謙虚で柔軟なもう一つの知性が宿る。
    ◇
 おぜき・あきら 科学ジャーナリスト 51年生まれ。著書に『科学をいまどう語るか 啓蒙から批評へ』など。

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