思い出す本 忘れない本

水野英子さん(漫画家)と読む『漫画大学』

2015年11月22日

水野英子さん(漫画家) 39年、山口県下関市生まれ。55年デビュー。「ファイヤー!」で小学館漫画賞、「白いトロイカ」など多数=堀隆弘氏撮影

■あのとき人生が決まった

 小さい頃から本の虫で、お小遣いを握っては家の向かいの貸本屋さんに行き、借りて読んでいました。小学校3年のあるとき、見たこともないような魅力的な絵の本があり、これは、と思って借りました。開くと、「漫画」の描き方を漫画の人物が講義し、実例として西部劇、おとぎ話、SFのストーリー漫画が詰まっている。講義も含めて全部が面白いんです。それまでの「漫画」は、西部劇やターザン映画が好きだった子どもにはまったく魅力がありませんでした。この本を読んで、「私は漫画を描く!」と思った。
 本は返さなくてはならない。どうしても手に入れたくて毎日のように書店を回り、見つけました。確か140円。子どもには高いですが、お小遣いをためて。それから手塚先生の本を探しては買いました。だいたい、月に1冊。『メトロポリス』も『来(きた)るべき世界』も、そうやって読みました。
 「漫画大学」には、漫画はペンで描くと書いてありますが、どこに売っているのか子どもだから知らない。12歳年上の叔父が唯一の理解者で、からす口なんかを手に入れてくれました。「世界名作のマンガ化」を勧めていたので、外国の動物小説を漫画にしたり。お涙ちょうだいのメロメロしたのは嫌い。ギリシャ・ローマや北欧の神話、ドイツ・ロシアのファンタジーへと世界を広げ、ペンで描き始めました。後に、「星のたてごと」などにつながりましたね。
 「漫画少年」への投稿がきっかけで18歳で上京し、トキワ荘に入るのは後の話です。手塚先生の本に頭をガーンとやられたように衝撃を受け、絶対に手に入れたい世界だと思った。それまでなかったものを、先生が初めて一つの形として表現してくださったんです。本当に、一生漫画を描く人生があの時決まった。もちろん漫画家になれるとは思っていなくて、なれなかったら、牧場で働きたいなと思っていたんですけどね。
 (構成・大上朝美)

関連記事

ページトップへ戻る