再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 頭痛とつきあう

2015年12月12日

 ここ数年、片頭痛に悩まされています。時折、頭の片側から、拍動とともに、小さな痛みが徐々に出現します。実に不快で、うっとうしい。同病者は意外に多く、頭痛外来という診療科もあります。頭痛とつき合うための本を探しました。

■ジュンク堂池袋本店・鎌田伸弘さんに聞く
(1)歯車 他二篇 [著]芥川龍之介
(2)頭痛肩こり樋口一葉 [著]井上ひさし
(3)嘔吐(おうと) [著]サルトル [訳]鈴木道彦
(4)頭痛女子のトリセツ [著]清水俊彦

■文豪たちも苦しんだ
 芥川龍之介の写真を見ると、神経質でいかにも頭痛もちのような表情だ。最晩年の(1)『歯車 他二篇』を読めば、実際、頭痛に悩んでいたことがよくわかる。
 本人とおぼしき「歯車」の主人公は、視野の内に絶えず回っている半透明の歯車を感じる。歯車は次第に数を増し、しばらくして消滅するが、その後きまって頭痛を感じる。片頭痛は、不思議な光など前兆現象ないしは気配がまずあって、始まることが多い。
 「歯車=頭痛=死のイメージの連鎖を、文学に高めた傑作」と鎌田さんは評価。この作品の第1章を発表した直後に、芥川は自殺する。
 鎌田さんは、頭痛よりむしろ肩こりに悩まされているという。そのせいか、(2)『頭痛肩こり樋口一葉』に描かれた、心身の悩みを抱えつつ、香り高い文芸を書き残した一葉に共鳴したようだ。これも作家の日常を描くが、ユーモアと軽みを真骨頂とする井上ひさし作品だけに、「悲劇を喜劇で覆う手法」(鎌田さん)は見事。けらけら笑いながら、いつのまにか頬に一掬(いっきく)の涙が流れる。
 文机にむかって一葉は、左の手でのべつ頭痛のするこめかみ、凝りかたまった右肩をたたきながら筆を動かしている。「当時の男社会の風刺だけでなく、女性たちをたくましく描き、エンディングのカタルシスは、頭痛をも吹き飛ばすほど爽快かつ痛快であり、快哉(かいさい)を叫びたくなる」と鎌田さん。肩こりもすっかり軽減しそうですね。
 サルトルといえば、一昔前、インテリ間で絶大な人気を誇ったフランスの作家であり実存主義の哲学者。その代表作が(3)『嘔吐(おうと)』だ。30歳の独身男ロカンタンの思索や行動を、日記風に描いた哲学小説で、デビュー作だ。
 嘔吐も頭痛と同様、日常生活を脅かす。訳者の鈴木道彦氏の解説によると、原題La nauseeは、「胸がむかむかする、嘔吐感がある」という意味で、吐くことではない。だから「吐き気」がより近い日本語だが、表題としては軽すぎ、従来の定訳に従って「嘔吐」にしたという。
 鎌田さんは、あまり深刻に考えず、「ロカンタンが哲学する小説として読むと、ハムレットや『罪と罰』のラスコーリニコフに連なる、魅力的なキャラクターを堪能できるのでは」という。
 重苦しい本が続いたので、気分転換に私は(4)『頭痛女子のトリセツ』をお薦めする。愉快そうな表紙イラストやタイトルが目についた。
 筆者は脳神経外科の専門医で、頭痛への対処や共存の仕方を説く。頭痛、特に片頭痛は若い女性に多く、女性向けに仕立ててある。週末や休日に起こりがちで、気圧気温の変化は要注意、とわかりやすい。ただ「頭痛女子が安心していける店」の紹介は不要では。頭痛の時は静かに寝ているほかない。
    ◇
■(見るなら)「π(パイ)」
 数学は万物の言語だ。
 あらゆる事象は数字に置き換えられる。それを数式化すれば、一定の法則が現れるはずである。
 この論理的帰結が、映画「π(パイ)」の主人公、天才数学者のマックス・コーエンを責めさいなんだ。彼は、アパートに引きこもり、自作のコンピューターで、株式相場が予測可能になる「法則」をはじき出そうとしていた。しかし、そのもくろみは、円周率(π)のように、不規則で無限の数列でしか表せない、この世の混沌(こんとん)によって無情に打ち砕かれていた。
 失望するコーエンに、脳をずたずたに切り裂く衝撃波のような頭痛が繰りかえし襲いかかる。それは、究極の法則そのものである神の警告か、啓示のようにも思える苦痛だ。やがて、コンピューターは、謎めいた216桁の数字を打ち出して、沈黙してしまう。
 人と神の一体化をめぐる、黙示録のようなサスペンス。けっして頭痛は起こさせません。
 DVDの発売元はギャガ、税抜き1143円。(龍)

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