再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 来し方行く末を考える

2015年12月19日

 今年も残りわずか。「去年(こぞ)今年(ことし)貫く棒の如きもの」(高浜虚子)と詠まれるように、時はたゆみなく流れていきます。でも、慌ただしい時季だからこそ、立ち止まって時に刻み目を入れる。そんな先人の知恵に倣いたいと思います。

■代官山蔦屋書店・間室道子さんに聞く
(1)歌は季につれ [著]三田完
(2)江戸の卵は一個四〇〇円! [著]丸太勲
(3)夏への扉 [著]ロバート・A・ハインライン [訳]福島正実
(4)忘却のしかた、記憶のしかた [著]ジョン・W・ダワー [訳]外岡秀俊

■時の流れに刻みを入れる
 「来し方」を思い起こす。その縁(よすが)の一つが流行歌。「歌は世につれ、世は歌につれ」といわれるように、ヒット曲はしばしば思い出と分かちがたく結びつく。
 (1)『歌は季につれ』は、NHKで「紅白歌合戦」などの音楽番組を手がけたディレクターから作家に転じた著者によるエッセー。「歌の季節に添いながら、『この時期、この歌の記憶がよみがえる』といった、個人的な思いがつづられているところに好感がもてます」と間室さん。例えば「蛍の光」は卒業式でおなじみだが、著者にとっては「紅白の最後に皆でコーラスした思い出の歌」なので「12月」の章で触れている。
 ヒット曲に加えて、近年は俳人としても活動する著者が随所に引用する古今の俳句が味わい深い。一例を挙げれば、往年の名曲「雪の降る街を」は「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)と響き合う。冒頭の虚子の句も、著者の半生を省みる「あとがき」に登場する。
 「来し方」を江戸時代まで引き戻すのが、(2)『江戸の卵は一個四〇〇円!』。著者は、江戸を舞台にした小説やドラマに触れるたびに「そこに出てくる物の値段がわからない」ことにもどかしさを感じていたという。データをかき集めて、町人文化が花開いた文化・文政期(19世紀初頭)の諸物価を現代の価格に換算することで、当時の暮らしぶりを浮かび上がらせる。例えば、卵は現在の価格に換算すると140円だが、吉原などの花街では、ゆで卵が400円で売られたという。「キャバクラでポッキーが急に千円になるようなものではないか」という間室さんのたとえに妙に納得する。
 (3)『夏への扉』(福島正実訳)は、1956年に米国で発表されたSFの古典。舞台は1970年。恋人と親友に裏切られて深く傷ついた主人公が、冷凍睡眠によって2000年へと向かう。目覚めた後に、さらに卑劣な仕打ちをされていたことに気づいた主人公が、今度はタイムマシンで過去に戻って、未来を修正しようと奔走する、という物語だ。
 原発事故などで「未来が危ない世界」になっている今、間室さんは、「本書を読んで、我々はどこから来て、どこに到達し、どこへ行こうとしているのか、考えよう」と呼びかけている。
 記者がすすめたいのは、(4)『忘却のしかた、記憶のしかた』(外岡秀俊訳)。著者は、敗戦後の日本社会を詳細に描いた『敗北を抱きしめて』で知られる米国の歴史学者。本書では、日本の近現代史を巡る11の論考を通して「『歴史』が『記憶』としてどのように操作され、社会にひろまるのか」と問いかける。
 今年は戦後70年であると同時に、集団的自衛権行使に道を開く安保法制が成立し、新たな節目の年となった。「日本の戦争」について倦(う)むことなく考えていきたい。
    ◇
■(聴くなら)アラニス・モリセット「ユー・オウタ・ノウ」
 世界で3千万枚を売り上げた、1995年発表のアルバム「ジャグド・リトル・ピル」の収録曲。怨念や復讐(ふくしゅう)心などが満ちているにもかかわらず、世代を超えて女性歌手たちに脈々と歌い継がれている。
 登場人物は「語り手の女性=私」と「あなた」と「彼女」。男性側から見れば、彼女と過ごす幸せな時間に過去の女が現れ、怒りと恨みをぶちまけられるのだ。
 「私」は「彼女も私みたいな変態で、口が達者?」「あなたは私に言った。死ぬまで離さない。死ぬまで。なのにまだ生きてる」とまくし立て、タイトルの「思い知れ(You Oughta Know)!」という叫びで曲が終わる。
 歌詞はアラニスの実体験に基づく、という説が有力だ。振る側が「過去にけじめをつけてから未来に進むべき」なのは当然。振られた側も修羅場には慎重でありたい。この歌のような、未来につながる何かを作らないと、恥ずかしい過去が残るだけ、かも。
 ワーナーミュージック・ジャパンから発売。税込み2160円。(毬)

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