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書店員に聞く 魅惑の米国短編小説

2016年01月16日

 新鮮で、大胆で、「こんな作品もあるのか」という驚きは、しばしば海の向こうからやって来ます。映画も音楽も、そして小説も。なかでも「ポストモダン文学」と呼ばれた米国での潮流は、日本の作家にも大きな影響を及ぼしました。

■恵文社一乗寺店・鎌田裕樹さんに聞く
(1)アメリカの鱒釣り [著]リチャード・ブローティガン [訳]藤本和子
(2)大聖堂 [著]レイモンド・カーヴァー [訳]村上春樹
(3)翻訳夜話 [著]村上春樹、柴田元幸
(4)バゴンボの嗅ぎタバコ入れ [著]カート・ヴォネガット [訳]浅倉久志、伊藤典夫

■「伝統文字」に抗して
 ぶっとびの展開に、読み手の「好き・嫌い」も分かれそうだ。短編連作集のかたちをとる(1)『アメリカの鱒釣り』。主人公はマスを釣ろうと小川へ行くが、どこか様子がおかしい。滝は木立の中の家に通じる白い階段になっていて、小川をたたくと木の音がする、というストーリー。「これは何なのだ!? 最初に読んだとき、がくぜんとした」と鎌田さん。その途方もない「孤高」に魅了されたという。
 旧来の小説技法などに縛られず、新しい文学を自力で生み出そうとする覚悟は、すがすがしくて強烈。加えて、落ちぶれる側の目線で描かれる生き方は、いま読むと、今日という時代を大きく先取りしていたようにも感じる。
 ポストモダン文学は、日本でたとえれば漱石や鴎外のような「本流」へ対抗する動きとも言えそうだ。そのひとつの終点が、やはり短編集の(2)『大聖堂』などで知られるカーヴァーだろう。「文章からは装飾的な要素がことごとく削りとられ、切り詰めた最小限の表現で展開する」と、鎌田さんは魅力を語る。ポストモダン文学に多く見られた虚構性や観念性の対極にあるようなリアリズムの手法に徹し、違いが際立つ。
 「でも孤高という点では、共通性を感じます」と鎌田さん。作者自身がアルコール依存症に苦しみ、最初の妻とは離婚。50歳で没した。この作品集でも、酒や麻薬におぼれ家族を失う話などがいくつも収められ、人生の深みを考えさせられる。
 彼らのような米国作家たちの作品の魅力を、作家の村上春樹と翻訳家の柴田元幸が存分に語り合っているのが(3)『翻訳夜話』だ。英語で書かれた作品を日本語の文章にする難しさと面白さが、随所にちりばめられている。
 同じ短編作品を2人がそれぞれ翻訳していて、比較して読めるのも刺激的。たとえば一人称を「私」と訳すか「僕」とするかをめぐって、意見を交わす。海外作品に親しむ読者にとっても、あらためて「翻訳作品の読み方」を考える絶好の機会になるはずだ。
 2人の翻訳合戦の素材となった作家が、ポール・オースターだ。やはりポストモダン文学を代表する一人。鎌田さんは言う。「オースター作品の多くでも、登場人物の堕落が描かれます。作家も作品もみんな問題児。だからこそ、時代や社会のカラを打ち破れたのでしょうね」
 記者のお薦めも短編集で。(4)『バゴンボの嗅ぎタバコ入れ』の作者ヴォネガットは、SF作家として出発した。自伝的作品『スローターハウス5』にもタイムトリップを取り入れるなど、空想科学のアイデアを自在に展開するのが特徴。だがそこに強烈な社会風刺や人間愛が織り込まれ、単純なSFという範囲に収まらない奥深さがある。
    ◇
■(見るなら)「スローターハウス5」
 約1300機の英米の爆撃機が1945年2月、ドイツのドレスデンに襲いかかった。優美な古都はあらかた壊滅。死者の数は3万5千から13万5千人といわれ、判然としないほど、無慈悲な殺戮(さつりく)だった。
 第2次世界大戦で、ヴォネガットは陸軍に召集され、欧州戦線でドイツ軍に捕らわれた。ドレスデンへ移送され、代用の捕虜収容所にされた食肉処理場(スローターハウス)で大爆撃に巻きこまれたのだ。この映画の原作『スローターハウス5』は、終生、消え去らない戦争のトラウマの所産だ。
 作者の分身の主人公、ビリー・ピルグリムは時間旅行者だ。人生の過去、現在、未来を往還しているが、行き先は自分の意思で決められない。意識が途切れ、再びつながると、廃虚と化したドレスデンで立ちすくんでいた。腐敗臭を放つ無数の死体は、火炎放射器でその場で火葬にされている。
 「そういうものだ」。彼に思いつく言葉は、それだけだった。
 DVDの発売元はキングレコード、2052円。(龍)

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

著者:リチャード ブローティガン、Richard Brautigan、藤本 和子
出版社:新潮社

表紙画像

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