再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 「坂」を読む

2016年01月23日

 「山の向こうはまた山」。独立後も米国に占領されるなどの苦難の歴史を、国土の姿になぞらえたカリブ海の小国、ハイチのことわざだ。今回のテーマ「坂」も、人生の坂や苦難と、地形の坂の二つの意味を込めた。

■有隣堂新百合ケ丘エルミロード店・高樋純子さんに聞く
(1)坂の上の雲 [著]司馬遼太郎
(2)江戸の坂 東京の坂(全) [著]横関英一
(3)新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門 [文・写真]タモリ
(4)氷点 [著]三浦綾子

■年齢感じて前に進むには
 (1)『坂の上の雲』は、明治維新から日露戦争までの間、欧米列強に追いつこうと、ひたすら近代化をめざした日本の姿を、秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟、正岡子規の3人を通して描いた長編歴史小説。1968~72年に産経新聞に連載された著者の代表作。
 本筋から少しそれるが、記者が大学時代に読んでほほえましいと思ったのは、新聞「日本」の社員になった子規が、安月給でいつも金に困っていたのに、訪ねてきた後輩の寒川鼠骨(そこつ)に「最少の報酬で多くはたらく人ほどえらい」と説いて、同じ「日本」の記者にしてしまうくだり。
 あとがきの一節で、著者は本書を「日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語」と位置づけ、この時代のごく平均的な人々の前向きさを、「のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」と表現する。高樋(たかとい)さんは「のぼった先に、どんな景色が開けるかはわからなくても、前に進もうと思えるのは、人も国もやはり若さなのだと」。
 転じて、(2)『江戸の坂 東京の坂(全)』は、元祖「坂道」本と謳(うた)われる「坂好きにとってのバイブル」(高樋さん)。著者は劇作家の時代考証を手伝う傍ら、東京中の坂を歩き、古地図などを渉猟し、坂道にまつわる歴史を、正・続に著した。
 江戸っ子が坂に名をつけるのは、人にあだ名をつけるよりたやすく、海を望めるので「潮見坂」と呼んだのに、人がたびたび転ぶので「団子坂」と呼ぶようになったとか、「転んだら3年以内に死ぬ」という俗信のある「三年坂」は不吉なので、「三念坂」やまったく別の名に改めたとか、変化転訛(てんか)も興味深い。
 (3)『新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門』は、「ブラタモリ」でも、ちょっとした高低差にこだわりを見せる著者が、東京の坂を、写真を撮りながら巡り、情報誌に連載したものをまとめた一冊。初版は2004年。撮り下ろしの写真、ユーモアあふれる軽妙な筆致に加え、高樋さんのお気に入りには、勾配の具合や湾曲のしかたなど、独自の四つの観点から、星の数で5段階表示する「坂道実力診断」。「こちらを携え、散歩に出てみては」
 記者のお薦め、(4)『氷点』は、朝日新聞の懸賞小説に1位入選し、64~65年に連載された。妻が他の男性と二人きりでいた間に、幼い娘を殺された医師の辻口は、妻の不貞への憎悪から、犯人の娘陽子を、そうとは知らせずに妻に育てさせる――。初めて読んだのは、中学生のとき。当時は、どんな逆境にもめげず前向きに生きる陽子の物語だと思ったが、今は、「自分の心の底に口をあけたまっくらな洞窟」に気づきながらも、それを直視できずに、自己防衛から他罰的になる辻口の哀(かな)しさをより身近に感じる。人生の坂で重力にあらがうのは難しい。
    ◇
■(聴くなら)山口百恵「横須賀ストーリー」
 1976年に発表され、前年に「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をヒットさせた、作曲・宇崎竜童、作詞・阿木燿子のコンビが手がけた。夜の横須賀を歩く男女。「もうこれっきりですか」「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が見えるでしょうか」。女が話しかけても、男は気づかず、つれない態度のままだ。その先に海を望める坂は、2人が共有したことのある景色なのかも知れない。
 神奈川県横須賀市は山口百恵の出身地で、京急・横須賀中央駅のホームでは、この曲のメロディーが流れる。地元の人に「これっきり坂」と呼ばれる坂にも諸説あるようで、思わず散策したくなる。
 坂と言えば、ゆずの「夏色」も印象深い。「この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて」。この曲も、ゆずの2人が通った横浜市の小中学校に近い京急・上大岡駅で流れる。「GOLDEN☆BEST 山口百恵 コンプリート・シングルコレクション」(ソニー・ミュージックダイレクト、税込み3086円)収録。(毬)

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