CROSS OVER(週刊朝日)

コネクトーム [著]セバスチャン・スン [訳]青木薫

2016年01月19日

■脳神経の接続関係を探る

 優れた一般科学書は、本題に入る前の背景説明部分が面白い。ゲノムが遺伝子(gene)の総体(ーome)であるように、コネクトームとは脳神経の接続関係の総体だ。本書は脳の働きをいかに捉えるかについて、「ニューロン同士の“繋がり方”こそが本質である」と説くマニフェストだが、そこへ至るまでの前半部が素晴らしい。脳の本ならば骨相学から書き起こして機能局在説やシナプス構造に触れるのが定番だが、著者は過去の研究を有機的に「接続」させてゆく。記述が類型に流れず見知った解説図が新鮮に映る。
 例えば「タン」としか言えないが言葉は理解できる患者の脳の損傷部位から見つかったブローカ野と、言葉は喋れるが支離滅裂になる患者からわかったウェルニッケ野の関係は、本書の説明でようやくクリアに理解できた気がする。発語と理解の部位は遠く離れていても、長い軸索で繋がっているため私たちは複雑に言語を扱える。繋がり方こそが人間性をつくっているのだ。
 神経ネットワーク地図の作成研究は、脳を染めて薄くスライスし三次元的に重ねる地道な作業から始まった。本書半ばではその苦闘の歴史が語られる。コンピュータが発達したとはいえ道は遠い。そこで著者は神経の繋がり方が変わる四つの基本メカニズムを解説した上で、大まかな機能部位同士の繋がりを見るだけでなく、ニューロンをタイプごとに分けて接続の特徴を調べる新たな攻略法を提唱する。小鳥が囀りを学ぶとき脳の各部位は四つの繋がり方を効果的に使いつつ、しかも適切なニューロン・タイプで回路を編んでゆくのだというくだりは印象的だ。
 著者の筆はさらに脳の凍結保存やコンピュータへの意識転送など限界を超える未来へと突き抜けてゆく。原著刊行は4年前。では終盤の未来像は古いのか?ところが読むと再生医療やディープラーニングなど“繋がり方の再生と変化”を拓く話題の科学に次々と「接続」してゆくのがわかる。コネクトームとは脳だけに留まらない、未来に開かれたヴィジョンなのだ。

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