再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 筆さえる役者たち

2016年01月30日

 昨年はお笑い芸人・又吉直樹さんの芥川賞受賞が話題になりましたが、昔から文筆の才のある芸能人は様々な作品を著しています。テレビでおなじみの役者たちがふだん何を考えているか。その内面がわかる小説やエッセーを読んでみました。

■丸善津田沼店・小松原俊博さんに聞く
(1)俳優のノート [著]山崎努
(2)陰日向に咲く [著]劇団ひとり
(3)北海道室蘭市本町一丁目四十六番地 [著]安田顕
(4)原宿百景 [著]小泉今日子

 ■演技を支える人間観察
 役者の書いた小説やエッセーと言っても多種多様。小松原さんは現役で活躍する人々の著作から日記、小説、エッセーを選んだ。
 まず挙げたのが(1)『俳優のノート』。著者は読書日記でも知られるが、これは1998年1月に舞台「リア王」を演じるにあたり、役者として思索する日々をつづった記録だ。開幕の半年前から千秋楽に至るまでの準備や稽古の様子を、日常の出来事もまじえ、すさまじい情熱と探究心をもって書きとめている。
 「リア王」として生き、そのせりふを心の奥底から吐き出すために、自分を見つめ、もがき、葛藤し、さらけ出す。「役者が一つの役を生きるのにどれほど考え抜き、精魂を込めて取り組んでいるか、演じるとはどういうことであるかを教えてくれる。読後には読者もリア王を一緒に演じ切ったような達成感が得られるのではないか。見事な演劇論・役者論です」と小松原さん。
 (2)「陰日向に咲く」はお笑い芸人だけでなく、俳優、映画監督と幅広く活動する著者の小説デビュー作。
 連作短編だが、五つの短編が思わぬところでつながっていて、人と人との不思議な縁を感じさせる。派手さはないけれど、ちょっと変わった登場人物たちの人生の特別な一場面が、ユーモアあふれる文体で書かれ、意外な結末にしんみりさせられる。「著者がコントや芝居の演技で見せる鋭い人物観察力と温かな視点が、うまく生かされている」と小松原さんは評価する。
 (3)「北海道室蘭市本町一丁目四十六番地」は演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーで、ドラマなどでも活躍する著者の、父親と家族についての愛あふれるエッセー。貧しくも温かかった時代の思い出が過去と現在を行きつ戻りつしながら、映し出される。
 製鉄の町室蘭の溶接工で、機械に手を挟んで指を失った父を、著者は「今も昔も変わらないのは親指。父ヒロシ、右手の親指がありません」と書く。このヒロシが実に魅力的。たえず周りを笑わせ、酔っ払っているけれど、とことん優しい。
 深い絆で結ばれた父と息子の姿に心打たれる。著者の演技ににじみ出る優しさのバックボーンがここにある。「独特のリズムある文章もいい」と小松原さん。
 記者のおすすめは(4)「原宿百景」。文章力が高く評価されている著者のフォトエッセー。アイドル、女優として、80年代から時代の先端を走ってきた著者が、40代となり、少女時代に通い過ごした原宿を訪ね、研ぎすました感性で過去をたどる。原宿ゆかりの人との対談も収録。
 そこで見つめるのは、自分の身近にあった死だ。そして死者たちに向け、優しく淡々とオマージュをつづる。テレビで見せる快活さとは違う、内省的な姿に心奪われる。
    ◇
■(聴くなら)美輪明宏「人生の大根役者」
 アニメ「機動戦士ガンダム」の登場人物、シャア・アズナブルの名が、フランス人歌手シャルル・アズナブールに由来すると知り、その歌を聴いてみたのはいつだったか。それまで、意識してシャンソンを聴いたことはなかったが、何曲か聴いた中で「Le cabotin(大根役者)」が印象に残った。今回の「役者」のお題に、改めて思い出した次第。
 同曲を収めたアルバムのCDは惜しくも廃盤だったので、美輪明宏が日本語でカバーした「人生の大根役者」をご紹介。
 原曲の歌詞は、自らを大根役者と自嘲しつつも演じることが天職だと信じる役者が、ささやかな舞台と観客を与えてくれと願う内容。美輪は、歌の主人公を「孤高の役者」と解釈して訳詞。「飢えて死んでも魂(こころ)は売らぬ」「憐れみ乞うなど断じてしないさ」「大根役者! それも結構さ」と力強く歌い上げて聴き手の心に迫る。「美輪明宏 全曲集2016」(キングレコード、税抜き2870円)で聴くことができる。(歩)

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