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ママがやった [著]井上荒野

2016年02月07日

■日常を生きることの綱渡り

もう冒頭から引き込まれてしまう。79歳の母親が72歳の父親を殺したとの連絡を受け、息子が実家の居酒屋に駆けつける場面からぞくぞくする。台詞(せりふ)と行動に呆(あき)れ笑いながらも、息をつめて読むことになるからだ。とても殺人がおきた家族とは思えないほど通報するのか隠蔽(いんぺい)するのかを語り合うのだが、これが実にクールでおかしい。
 女関係の切れぬ父親だった。母親は許して娘2人と息子に囲まれて生きてきたのに、一体何があったのか。半世紀におよぶ家族の歴史を、視点人物をかえて全8章で物語っていく。
 例えば妊娠中絶をめぐる男との葛藤、不埒(ふらち)な夫のだらしない彷徨(ほうこう)、娘の結婚と失踪の顛末(てんまつ)、女教師と男の複雑な出会いなど時間を往復させて、家族の成立と愛憎を示しながら、緊迫感みなぎる最終章へと繋(つな)げ、日常の陥穽(かんせい)へと引きずり込むのだ。
 そう、日常を生きることの綱渡りがここには描かれてある。一歩間違えば簡単に人は殺したり殺されたりする情況(じょうきょう)へと入り込むのだ。涙と笑いの裏に暴力が張りついているのを見ると、人はみな生まれながらの犯罪者ではないのかと思わせる恐怖がある。脱力したユーモアが光る巧みな犯罪喜劇だが、本質的には倫理も正義もないアナーキーな不条理劇。いやあ怖い! 面白い!
    ◇
 文芸春秋・1512円

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