CROSS OVER(週刊朝日)

リップヴァンウィンクルの花嫁 [著]岩井俊二

2016年02月02日

■小説家・岩井俊二に直木賞を!

 岩井俊二はカリスマ的な映画監督だ。90年代に彗星のように現れ、熱狂的な人気を獲得した。近年では海外で映画を撮り、アニメ作品を発表する等多彩な活動を展開している。
『花とアリス』以来、実に12年ぶりの国内実写映画が今春公開と発表され、大きな反響を呼んだ。本書はその原作小説である。
 皆川七海は23歳。一人暮らしの派遣教員だ。婚活サイトで出逢った男性と初体験、結婚する。式の新婦側出席者が少なく、代理出席の動員を依頼──取り仕切る安室という男が現れる。安室は謎のなんでも屋だ。メフィストフェレスさながらに七海を妖しい世界へと誘う。七海自身も身分を偽装して他人の結婚式に代理出席、そこで知り合った里中真白と奇妙な同居生活を送ることに。すべてを失った七海にとっての天使的な女・真白は、リップヴァンウィンクルの別名を持っていた。
 映画では七海に黒木華、安室に綾野剛、真白にCoccoを配役。既に試写会で私はこの作品を観た。圧倒された! 3時間の上映時間の一瞬も見逃せず、黒木華の超絶芝居は神がかっていて、岩井美学とも呼ばれる映像世界ははるか高みに達している! 映画を観た、というより、大きな体験をしたようだった。
 だが、本書は単なる映画のノベライズ作品ではない。岩井俊二は小説家としても一級の実力を持っている。若い女性の心の機微をこれほどリアルにかつ切実に描いた物語もそうはない。リップヴァンウィンクルとはW・アーヴィングの米国版・浦島太郎のような短編だった。宮澤賢治から『泣いた赤鬼』までこの小説には童話や寓話の引用があふれている。SNSという仮想世界で生きる現代の若い世代は、さながらリアルな寓話の登場人物のようだ。嘘と真のはざまに溺れる若い女性の心の声を、映像魔術師・岩井俊二はたくみな物語としてすくい出してみせた。充分に直木賞を受賞していい傑作である。
 被災地・宮城県仙台市出身の岩井俊二は『花は咲く』を作詞した。震災から満5年の春、映画と小説のみごとな美しい二輪の花が咲くのを見るかのようだ。

関連記事

ページトップへ戻る