思い出す本 忘れない本

藤田新策さん(イラストレーター)と読む『陰翳礼讃』

2016年02月21日

藤田新策さん(イラストレーター) 56年生まれ。手がけた装画に江戸川乱歩「少年探偵シリーズ」全26巻など。著書に絵本『ちいさなまち』も=西田裕樹撮影

■階調で世界をとらえる

『陰翳礼讃』 [著]谷崎潤一郎(中公文庫・514円)

 随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」が雑誌に発表されたのは80年以上前。僕が美大を目指して東京の予備校に通っていた41年前に中公文庫が出て、すぐ買いました。問題集にこの本の気になる一節が出ていたので。
 谷崎は日本家屋の座敷を墨絵に例えて、「障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い部分」と指摘。そして「床の間を見る毎(ごと)に、いかに日本人が陰翳の秘密を理解し、光りと蔭(かげ)との使い分けに巧妙であるか」と感嘆します。僕は静岡の祖父の古い家の中の空間体験を思い出し、この一節がすごく腑(ふ)に落ちたんですね。
 その頃、3畳一間の下宿で、モノクロの鉛筆デッサンを繰り返していました。陰翳にも無数の階調があります。そのことを谷崎が文章で語っていた。僕はこの本から色や線ではなく、階調で世界をとらえるという、自分なりのものの見方の基本を学んだんです。
 それ以来、ものを見るとき濃淡のトップからボトムまで、階調を意識するようになりました。もともと、小林清親や川瀬巴水(はすい)が描く「江戸の闇」、谷崎や永井荷風の小説、D・リンチの映画のような、静謐(せいひつ)な空気感や光に興味がありました。これまでS・キングの『IT』や宮部みゆきさんの『模倣犯』など、千点以上の小説の装画を手がけましたが、その感覚が反映されていると思います。
 出版社から装画を依頼される前から、テンペラと油彩の混合技法で絵を描いてきました。時間はかかるけど、一回ごとに味わいが違うライブのように、僕には一点ものの手描きの原画が大事です。一時デジタルを試みましたが、何点でも簡単に複製できる「画像」に価値はないと考えています。
 現在はすでに、ポスト・デジタル時代といえるのでは? 電子炊飯器よりも土鍋で炊くご飯の方がおいしい。アナログ感覚を新鮮に思う人も多く、僕は額縁も手作りします。機会があれば、微妙な質感や厚みが実感できる原画を見てほしい。
(構成・依田彰)

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