再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 遺書とは

2016年02月27日

 自らの死を意識した時、残された人にメッセージを託す遺言や遺書。戦争で散った人びとの無念の思いを始め、遺書は時代の証言者でもあります。さまざまな遺書にまつわる本をご紹介します。

■ブックファースト新宿店・柴田健太郎さんに聞く
(1)昭和の遺書――55人の魂の記録 [著]梯久美子
(2)或阿呆の一生 [著]芥川龍之介
(3)収容所から来た遺書 [著]辺見じゅん
(4)歳月なんてものは [著]久世光彦

■遺された人の痛み和らげる
 (1)『昭和の遺書――55人の魂の記録』は、歴史上の人物だけではなく、名もなき人物の遺書を紡ぎながら、昭和の歴史を通観できる。
 戦時中、沖縄沖で敵艦隊に突入したある特攻兵は、出撃前夜、親友に「酒がまわっとるけん何かくかわからん。(略)淋(さび)しかたい」と本音をつづった。一方で母には「法事をするなら、家中そろって楽しく食事することですね。(略)思い出はつきませんが、思い出にふけることはどうも男らしくないですからね」と達観したような手紙を書いている。
 「遺書とは、真情を吐露し、みずからの生の痕跡を残すためだけに書かれるのではなく、遺(のこ)される人の痛みを少しでもやわらげようとして書かれることもあるのではないだろうか」と著者。柴田さんは「残される人への思いがたたえられた遺書の数々は、時代を超えて読む私たちの胸を打つ」と話す。
 (2)『或阿呆(あるあほう)の一生』は、作品中に「彼の『詩と真実と』を書いて見ることにした」とある。35歳で自殺した芥川が自身の人生を51の短編にまとめて書き残した「自叙伝」とされている。「彼は彼の一生を思い、涙や冷笑のこみ上げるのを感じた。彼の前にあるものは唯(ただ)発狂か自殺かだけだった」とつづっている。
 「遺書の一部として受け取られている作品。死に至る己の姿さえ、作品にしてしまう小説家のすごみが伝わってくる」と柴田さん。
 (3)『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』は、ソ連軍の捕虜となり、極寒のシベリアで、飢餓と重労働にも屈しなかった男たちの物語。
 いつ、かなうとも分からない日本への帰還。主人公山本幡男は、誰もが生きる希望を失っていくラーゲリで、仲間に日本の古典を語り、俳句を作ることで、生き抜こうとした。しかし、ついに病床に伏し、力を振り絞って遺書を書き上げる。「これは山本個人の遺書ではない、ラーゲリで空しく死んだ人びと全員が祖国の日本人すべてに宛てた遺書なのだ」。生き延びた仲間たちは、彼の家族に全文を伝えるため、さまざまな策を凝らす。
 「どんな困難にもめげず、人間性や知性を失わなかった山本。そんな山本を敬愛する周囲の人々が遺書を家族に伝えようとする思いの深さに心が揺さぶられた」と柴田さん。
 記者からのお薦めは(4)『歳月なんてものは』。筆者は「寺内貫太郎一家」など向田邦子脚本のドラマで知られた演出家、プロデューサー。
 「静かに変わった小泉今日子」というエッセーでは、ドラマ「センセイの鞄(かばん)」で、「周囲に醸し出す空気の色や匂いが違って」きたと述べ、その原因に「父親の死」を挙げ、「〈演技〉の変化ではなく、〈生きていることの自覚の変化〉ではないか」と書く。大切な人の死は、遺言のように心の中に何かを刻むことがあるのだ。
    ◇
■(聴くなら)ジャニス・ジョプリン「愛は生きているうちに」
 1970年10月、ホテルの一室で、ジャニス・ジョプリンは一人、床に倒れ息絶えていた。享年27。薬物の過剰摂取が死因とされた。翌年1月、アルバム「パール」が未完の遺作として発表され、大ヒットした。収録曲「ベンツが欲しい」はアカペラ。「生きながらブルースに葬られ」は伴奏だけで歌がない。しかし完成度が高く、表現者の本来の意図だと信じる人も少なくないはずだ。
 最後の曲「愛は生きているうちに」は、ジャニスが自らの死を悟っていたのではと思えるほど、遺言めいた強いメッセージを含んでいる。記者はこう訳してみた。《誰もが互いに争い、肉親さえ頼れない世の中。だから、もし誰かがあなたに愛をくれようとしてるなら、もらえるうちに、もらっておいて。愛が悲しい賭けを伴うとしても気にしないで。だって私たち、明日はこの世にいないかも知れないんだから。愛に背を向けないで!》
 「パール」はソニーミュージック発売、税込み1944円。(毬)

関連記事

ページトップへ戻る