CROSS OVER(週刊朝日)

ロンドン狂瀾 [著]中路啓太

2016年02月23日

■軍縮会議をめぐる群像ドラマ

 明治以後の、どの時代までを歴史小説とするかは難しい問題だが、戦前の昭和まで含めていいのではないだろうか。昭和5(1930)年にロンドンで行われた、海軍軍縮会議を題材にした、中路啓太の最新長篇を読んで、その思いを強くした。それほどの傑作である。
 昭和初期の日本。外務省情報部長の雑賀潤は、ロンドンで開かれる海軍軍縮会議の首席全権として、元首相の若槻礼次郎を担ぎ出すように、外務大臣の幣原喜重郎から命じられる。それに成功した雑賀は、以後、全権団の随員として、若槻の通訳や各種の調整役を務める。外交官としての本義を遂行しようとする雑賀。しかし会議では各国の思惑が絡み合い、さらには全権団の文官側と海軍側での軋轢も起こった。それでも雑賀の提案した苦肉の策を足掛かりに、なんとか海軍条約は合意に至る。
 しかし当初の予定よりも日本の軍縮の割合が大きいことに、海軍の一部が激怒。浜口雄幸の内閣は攻撃され、統帥権干犯問題まで巻き起こる。そしてこの一連の流れが、日本の行方を大きく変えていくのであった。
 本書の題材は、ロンドン海軍軍縮会議だ。強硬な姿勢を見せる海軍を抑え、したたかな各国とのやり取りを重ね、合意に達するまでのストーリーが、硬質かつ重厚な筆致で綴られていく。雑賀潤が主人公格だが、多数の実在人物が登場する、群像ドラマといっていい。海軍条約が批准されるまでの日本の混乱を描いた後半になると、群像ドラマ色はさらに強まり、日本が軍国主義に傾斜していくポイントが赤裸々に暴かれていくのである。とにかく凄い読みごたえだ。
 その一方で、外交官の在り方を掘り下げていることにも、留意したい。たしかに外交とは武器を使わない戦争だが、目的は単純な勝ち負けではなく、交渉相手国との妥協点を得ることにある。雑賀潤の奮闘が、そのことを教えてくれるのだ。
 本書を読むと、現在の日本の外交政策を見る眼も、より深まることだろう。まさに今、手に取られるべき物語である。

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