視線

ADIEU A X(アデュウ ア エックス) [著]中平卓馬

2016年03月06日

『ADIEU A X』から

 作者不詳の絵の値段が、ゴッホ作と確認されたとたんに跳ね上がったことがあった。作品の評価と作者を切り離して考えるのは、難しい。昨秋に77歳で死去した写真家の中平卓馬は、特にそうだ。数々の物語で、生前から「伝説の写真家」だったのだから。
 でもこの写真集は巻末まで文字情報はほぼ皆無で、写真そのものに向き合いやすい。ページを繰るだけで、網膜にたたき付けるような強い力を感じ、吸い寄せられる。
 モノクロの画面は黒く焼き込まれて粒子が粗く、コントラストも強い。その効果も大きいが、魅力はそれだけではないだろう。植物やバイクをクローズアップし、闇から浮かび上がらせるがごとき肉薄力。一方で、木々などの間から民家や人々をのぞき込むカットが多数ある。そして、こちらを誰何(すいか)するようなまなざしで見据える子供たち。
 世界を捉えようと猛然と臨んでみたが受け入れられず、距離をとってながめている、という感覚にも見える。
 中平は1960年代から、荒れてブレたモノクロ写真と鋭い写真批評で知られた。77年に病に倒れ、記憶に障害を抱えつつ撮り続けた。この本は彼の死を受けた、89年発行のものの「新装新版」だ。再起後の写真だが、以前の質感を残す一方、後に多く撮られた伸びやかなカラー写真にも連なる。そして中平は巻末で撮影では「世界総体を把握することが出来ず」と記す。
 やはり世界を把握しかねていたのか、と作者の言葉につい納得してしまいそうになるが、あえて表現自体に目をむける。どうしても残っているように映る世界との距離。その切なさが胸にしみる。
    ◇
 河出書房新社・6480円

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