視線

暦の手仕事 [著]中川たま

2016年03月13日

ふきのとうと花わさび

 本書に保存食を自らつくることの素晴らしさを教えられた。一度つくったらだいたい二週間は楽しめるし、春は苺(いちご)や花わさび、初夏ならびわや新生姜(しょうが)というように、季節の到来を感じながら少しずつトライできる。レシピは煮詰めるや漬けるが基本とシンプル。時間はちょっとかかるけれど、ゆったりと流れる時間の中で調理すればこそ、素材の受けてきた陽(ひ)の光が味として顕(あらわ)れてくる——そんな風に感じられる写真がたくさん収められているのも嬉(うれ)しい。
 著者は神奈川県逗子市在住の料理家で、エッセイにはお裾分けの話がよく出てくる。よく言われる「スープの冷めない距離」が物理的な近さを意味するのだとすれば、「保存食のお裾分け」は心理的な近さや、少し近づきたい気持ちを意味しているのではないか。それをつくった時間とできてからしばらく愉(たの)しむ時間、そのどちらもシェアすることになるのだから。
 最近、独りで食べる「孤食」や、同じテーブルについても各々(おのおの)が別のものを食べる「個食」が問題になっている。問題になる一方で、その趨勢(すうせい)にどう対応するかがビジネスの鍵にもなっている。
 保存食はそれとは対蹠(たいしょ)的だ。つくるプロセスでは協働を促し、つくり過ぎてしまった時にはなぜかお裾分けしたくなるというように、効率性や商業性からはちょっと遠い。かつては、流通の不便な立地における食料の確保など、実利性を第一の目的にしていた保存食であるが、本書が示すように今やその機能は変わった。それは、生活におだやかなリズムを回復させるための、大切なひと品となったのである。
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 日本文芸社・1404円

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