再読 こんな時 こんな本

書店員に聞く 書字に親しむ

2016年03月19日

 日々、パソコンを打っていると、文字の姿かたちを忘れがちです。筆の持ち方から習ったお習字、漢字書き取りのテストは、無駄だったのでしょうか。そんなはずはない。「和」が見直される現代、書字のフシギを再確認したいものです。

■代官山蔦屋書店・間室道子さんに聞く
(1)神さまがくれた漢字たち [監修]白川静 [著]山本史也
(2)うかんむりのこども [著]吉田篤弘
(3)桜ほうさら [著]宮部みゆき
(4)會津八一と奈良―歌と書の世界 [著]西世古柳平 [写真]入江泰吉

■文字愛あふれる人たち
 間室さんがまず挙げたのが(1)『神さまがくれた漢字たち』。日本の漢字学の泰斗・故白川静の監修のもと、白川の薫陶を受けた山本が漢字の成り立ち、魅力をわかりやすく解説した。
 パソコンで漢字を書く(打つ)と、一つのカタチで漢字が出現するが、手書きだと、偏とつくりなどから字になる。そのパーツが大事だ。間室さんは「取」という字に「耳」が入っているのに注目する。
 古代、戦場で敵を討ち取ると、戦利品として左の耳を切り取って持ち帰った。首より耳が運びやすいという理由だけでなく、顔の左右に飛び出している耳に、霊的な印を見いだしているからではないか、と同書は語る。「ふだん、おしょうゆ取って、リモコン取って、などと気軽に使っている取という字は、左の耳を手で取るさまを示している。怖っ」と間室さん。
 出来上がった字から物語を立ち上げたのが(2)の『うかんむりのこども』。始まりはやはり「始」から。この字を観察すると、女が台に寄り添っている。女が台と出あって事が動き出す。女と台といえば台所、台所で飯を炊き、一日が始まって……と連想ゲーム式に話が続く。
 著者は著名なデザインユニット、クラフト・エヴィング商會のひとり。初出が老舗雑誌「銀座百点」だけに、判型も同誌と同様、横長で、ページごとに赤枠で囲み、そこに本文が組まれる。おしゃれでセンスがいい。「文字愛にあふれている人だから書けた、自由な空気が本の中から吹いてくる一冊」と間室さん。タイトルは、そう、字のことです。
 (3)『桜ほうさら』は宮部みゆきの時代小説で、無実の罪で切腹した父の無念を晴らそうと、江戸に出た息子は写本の仕事をしながら、真相を追う。キーワードは筆跡だ。
 サクラが縁で巡り合う人々を軸に、人生のほろ苦さ、人の温かさがにじむ小説で、間室さんは「書、文字のために数奇な運命をたどる青年と、体にあざのある女性の恋と勇気の物語です」。変わったタイトルは、いろいろあって大変だ、という甲斐地方の方言「ささらほうさら」をもじっている。
 書字の良しあしなどよくわからない記者だが、眺めていい気分になる書はないわけではない。例えば(4)『會津八一と奈良 歌と書の世界』で紹介される八一のひらがなの書。歌のリズムと字のバランスがいい。
 八一の奈良の歌の書跡写真を中心に、奈良風物写真の第一人者、入江泰吉の作品が入る。奈良の旅のガイドブックにもなりそうだ。
 かれくさにわかくさまじりみだれふす おほみやどころふめばくるしも
 3月、草っ原に戻った平城宮の跡を歩いた折の感懐だ。今、このあたりには朱色の大極殿が復元された。
    ◇
■(見るなら)「沙羅双樹」
 生々流転するこの世の無常は、沙羅双樹にたとえられる。
 釈迦(しゃか)入滅のとき、それはたちどころに枯死し、花も色を失った。
 奈良の旧市街で、先祖代々、墨づくりを生業としてきた家で、双子の小学生の兄弟が遊んでいるうちに兄が忽然(こつぜん)といなくなる。神隠しとしかいいようのない不条理な変事によって、家族は無常な運命の渦に投げこまれ、遠心力がかかったかのように解体しかける。
 河瀬直美が監督し、みずから双子の母親役も演じたこの映画は、それから5年後の家族を描く。
 墨職人の父親はあるとき、こうつぶやく。「忘れてええことと、忘れたらあかんことと、ほいから忘れなあかんこと、どれがどれなんか、いろいろ考えた。だいぶ、それが決まった」。おもむろに墨をすり、筆をとると、「陰光」とふた文字、太々と書くのだった。
 闇に閉ざされてはいない陰り。そこにも、穏やかな光がある。
 DVDの発売元はNBCユニバーサル・エンターテイメント、税抜き4700円。(龍)

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