書店員に聞く 池波正太郎的世界

2016年03月26日

 読後の爽快感がそうさせるのか、忙しくなるとつい、池波正太郎の本に手が伸びる。時代小説はもとよりエッセー、映画評論、戯曲、画文集。彼の世界は広く、どれも骨太い。没して、はや四半世紀。いまも衰えぬ池波の魅力に触れよう。

恵文社一乗寺店・鎌田裕樹さんに聞く
(1)『散歩のとき何か食べたくなって』 [著]池波正太郎
(2)『夜明けのブランデー』 [著]池波正太郎
(3)『おいしさの表現辞典』 [編]川端晶子、淵上匠子
(4)『真田太平記』 [著]池波正太郎

■人生を散歩のように
 「誰もが知る通り、戦後最大の時代小説家は、同時に無二の随筆家でもあった」と鎌田さんは解説する。
 時代小説が池波正太郎の「幹」だとしたら、随筆は「枝葉」かもしれない。しかしその枝葉がすばらしいことを鎌田さんは強調する。
 「洒脱(しゃだつ)な文章でつづられるエッセーからは、彼の作品中で幾度とならず目にする、生き生きとした生活の描写の基を見てとることができる。最近は、どの書店にも時代小説のコーナーがあり、池波も当然そこに含まれるわけだが、エッセーが一緒に並んでいることは少ないようだ。池波の作品世界に、より没頭するためにも、いま一度、彼のエッセーを手にとってはいかがだろうか」
 (1)『散歩のとき何か食べたくなって』は食エッセーの名作。池波が愛した全国津々浦々の名店とそこでふるまわれる品々が、彼の思い出とともにつづられている。例えば銀座資生堂パーラーのカツレツ、京都寺町のバーで飲むドライマティーニ、浅草の店々、鳥のモツ……。読んでいるだけで腹が減り、どうにも酒をあおりたくなる。入りやすそうな店が多いのもうれしい。
 (2)『夜明けのブランデー』は味のある絵と、晩年の老熟した文章を堪能できる絵日記集。池波のほとんどのエッセーの表紙には自身の絵が使われている。60歳を過ぎても続く映画と食の日々の中で、年をとったことをこんなふうに書く。〈いま、六十をこえた私が帽子をかぶっていると、七十から七十五、六に見られる〉
 嘆き節が来るかと思いきや、〈だれもが七十すぎの老人だと看(み)て、親切にしてくれる。これがよい〉。
 人生を散歩するように楽しんだ、池波の生き方がかっこいい。
 (3)『おいしさの表現辞典』は日本の作家の小説、エッセーに登場した「おいしい」場面を抜粋して編んだ本。その幅は広く、漫画『美味(おい)しんぼ』や村上春樹の小説まで対象に含んでいる。もちろん嵐山光三郎や東海林さだおら、いわゆる食エッセーの大家たちも名を連ねるが、彼ら以上に登場するのが池波だ。
 「ごはん」「寿司(すし)」「蕎麦(そば)」などと項目がくくられていて、「蕎麦」には池波と嵐山の文章が並ぶ。池波の食の表現を他の作家のものと比べてみるのもおいしいかも。
 エッセーだけでおなかがいっぱいになってしまいそうだが、それだけで終わるわけにもいくまい。記者のお薦めは(4)『真田太平記』。江戸期から人気を集めた真田物の中で、決定版といえばこれだろう。描くのは武田家滅亡から江戸初期まで。要所要所は史実を踏まえながら、架空の人物を巧みに絡ませる。
 読者を飽きさせないのは、命が吹き込まれたかのように、実在、架空の人々が生き生きと動くからだ。知らず知らずのうち、読んでいる側もまた、歴史のうねりに取り込まれていく。
    ◇
■(聴くなら)ジプシー・キングス「インスピレイション」
 池波正太郎原作のテレビ時代劇「鬼平犯科帳」(1989年放送開始)は、エンディングにジプシー・キングスの歌詞のない器楽曲「インスピレイション」を起用した。フラメンコやストリート・パフォーマンスにルーツを持つ南仏の音楽集団で、郷愁や野性味を併せ持った、独特の味わいがある。
 フジテレビで鬼平を担当したプロデューサーの能村庸一氏が、99年に出版した著書『実録テレビ時代劇史』によれば、番組関係者らはこの曲を「勘ばたらき」と呼んだという。主人公が複雑な人間模様に分け入って、持ち前の第六感で事件を解決する、この物語にうってつけの選曲だったということだろう。切々としたギターの調べとともに、江戸の四季の暮らしぶりが映し出されるエンドロールは、人の世のはかなさ、いとおしさをも感じさせる。
 「ザ・ベスト・オブ・ジプシー・キングス」の日本盤のみ収録。ビールのCMで人気の「ボラーレ」なども聴ける。ソニーミュージック、税込み2592円。(毬)

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