津島佑子の世界 中沢けいさんが選ぶ本

2016年03月27日

『ヤマネコ・ドーム』について語る津島佑子さん=2013年7月

■抒情、果敢に切り開いた作家
 二月に亡くなった津島佑子は、女性の産む性を主題とした作品で出発した作家であった。そこでは婚姻という社会制度は拒否もしくは回避される。『山を走る女』は産む性である女性とその子どもを描いてきた作品の中でも、集大成というべきものだ。
 都会の園芸店に勤めながら、幼い子どもを育てる女のイメージのもとは山姥(やまんば)だ。足柄山の奥で金太郎をひとり育てた山姥のイメージが都会の園芸店に置き換えられている。作中では保育園の保育日誌が多用され、女親と子どもの間に流れる豊かな時間が提示される。やがてそこに男という存在が登場する。男であって父親ではない。子がいる女も、そこでは母親ではなく女である。
 婚姻という社会制度の外側で子を持つというテーマは一九七〇年代後半、世界的な関心事であった。看護婦が戦争で脳に障害を負った男によって子どもを持つというジョン・アーヴィングの『ガープの世界』が米国で発表されたのは一九七八年のことだ。『ガープの世界』はベストセラーになり後に映画化された。同じ年に津島は単身で子どもを育てながら想像妊娠する女を描いた『寵児(ちょうじ)』を発表している。時代精神と呼応しながら米国文学の模倣ではない日本の現実の中から現れてきた創作の精神によって生み出されたのが津島の初期作品と言えるだろう。

■父太宰への思い
 韓国の作家の申京淑(シンギョンスク)との往復書簡集『山のある家 井戸のある家』は津島の作品を読むうえで良いヒントを与えてくれる。家族に深い情愛を持った作家を対話の相手としたこの書簡集では率直な述懐の声が発せられている。「(子どもの頃)よその女のひとと一緒に死んだなどとは、どうしてもひとには知られたくないヒミツでした」と父親について語るところに津島の肉声がある。太宰治の次女である津島にとって、父の存在は公然の秘密だった。記憶にない父よりは母が大きな存在であったことは言うまでもない。
 また、先天的な知的障害を持つ兄のことや、幼くして亡くした息子のことがこの書簡集では優しい言葉で語られている。「国境がどこかに消え(中略)美しい賜物(たまもの)のような経験でした」と「はじめに」で記されているが、この書簡集では後期の作品群を生み出すイメージも惜しむことなく語られている。
 日本の国境に広がる世界が後期の作品の軸になる。知里幸恵の『アイヌ神謡集』の仏語訳の仕事があることを記しておきたい。

■時代と響き合う
 『ヤマネコ・ドーム』は二〇一一年の福島第一原発事故に触発されて書かれた作品。冒頭から無数の虫が押し合い圧(へ)し合い葉を食べる様子が豊かな筆使いで描かれる。豊穣(ほうじょう)なイメージと原発事故が重なり合う。そして戦後の混乱期に米兵と日本人の間に生まれた子どもたちが孤独と恐怖を抱えながら生きてきたことが語られる。謎の死を遂げた少女とその後の連続殺人事件の発生が生と死の境を破壊する。この作品では国境は死の恐怖とともに消え去るものとして描かれている。
 果敢に旧来の抒情(じょじょう)に縛られない世界を切り開いたのが津島佑子という作家であった。『神話論理』を著したレヴィストロースなどの時代精神と響き合うものだ。五月には雑誌「すばる」昨年八月号で完結した長編『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』が書籍化される予定だ。
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 なかざわ・けい 作家 59年生まれ。『海を感じる時』『楽隊のうさぎ』。法政大学教授。

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