CROSS OVER(週刊朝日)

カナリア恋唄 [著]杉本章子

2016年03月22日

■遺作にこめられた歌吉の未来

 好きなシリーズ物の最新刊を読むことは、時代小説ファンにとっての大きな喜びである。だから「お狂言師歌吉うきよ暦」シリーズ第4弾となる、本書の刊行が嬉しい。だが同時に、深い悲しみも覚えた。なぜなら本書は、2015年12月に死去した杉本章子の、遺作となってしまったのだから。
 主人公の歌吉は、大名の奥向きに招かれて芸事を披露する水木流のお狂言師である。かつて相弟子に才能を妬まれ、小鋸で顔を斬りつけられて、一生消えない傷を負った。このことにより、普通の幸せを諦めた彼女は、お狂言師として生きていくことを決意している。その一方で、あることから知り合った、お小人目付の日向新吾と岡本才次郎の手駒となった。数々の事件を経て、歌吉と新吾は互いを慕うようになっている。
 ところが本書で新吾が、姉にいわれるままに、お徒衆の娘と結婚。実家を出て独り立ちを考えていた歌吉だが、新吾の嫁取りを知って、芸に身が入らなくなる。さらに坂東流に蔓延る秘事を巡り、ふたりの女性が殺された。これを歌吉が新吾に伝えたところ、彼の追っている事件と繋がったようだ。複雑な想いを抱えながら、歌吉と新吾は事件の核心に迫っていく。
 大奥と紀州藩を結ぶ事件の構図も面白いが、読者の一番の関心は、歌吉と新吾の恋の行方だろう。お狂言師として生きる歌吉のためという理由はあるが、新吾が別の女性と結婚したのには驚いた。これでふたりが結ばれることは無くなったかと、嘆いたものである。しかし作者は、興趣に満ちた展開で、彼女たちの未来に光を与える。このあたり、読んでいて、とにかく気持ちがいい。
 ただ残念なことに、作者は最終話を書かないまま、逝ってしまった。担当編集者が生前の作者から聞かされたラストの構想は、かなり意外なものであった。私は、本書の解説を執筆しているのだが、その構想を踏まえて、作者の考えたラストの意図について解釈している。物語と併せてお読みいただければ、望外の幸せである。

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