CROSS OVER(週刊朝日)

シンギュラリティ [著]マレー・シャナハン [監訳]ドミニク・チェン

2016年04月12日

■人工知能をめぐる議論を共有

 人はしばしば子どものころ読んだSFで夢を膨らませたという。SFで未来への夢を育み科学者や技術者になったと好意的に語りたがる。一方で人は空想物語からしばしば恐怖心を植えつけられる。人工知能はやがて人類を支配するかもしれない。そんな不安が蔓延するのもSFのせいだ。それは健全な科学・技術の発展を阻害する。
 認知ロボット工学者による本書もまた、少年期にSFから啓発を受けたとの告白から始まる。いま人工知能(AI)への関心が世界的に高まり、いずれAIは人の仕事を奪うのではないか、人の知能を超えたAIが近い将来に誕生するのではないかと騒がしい。今後それに乗じた空想物語も増えるだろう。だが人に夢や悪夢を与えること、それはSFのほんの表面的な効果に過ぎないと、私は思う。
 AIが飛躍的に発展し今日の人類のあり方が終焉を迎える技術的特異点(シンギュラリティ)では何が起きるのか。多くの読者はその明確な答えが欲しいかもしれないが、本書にそのヴィジョンは描かれていない。代わりにあるのは多数の議論への扉だ。汎用AIに身体は必要なのか。脳のすべてをコンピュータへ移植できるか。報酬をプログラムすれば超知能は生まれるのか。言語は知能と環境をいかに繋げているか。AIが人の情動を模倣できたらそこに倫理や権利は生じるか。報道を見て私たちがふと思うような疑問、それらは第一線の研究者が長年議論してきたテーマであり、本書にはそのほとんどが示されている。明確な答えはない。だが本書を読めば私たちは議論の基盤を理解し、また思い出すことができる。本書を閉じたとき、そこから皆で共有する未来が始まる。
 だから本書の先に本当のSFは始まる。本書に夢や悪夢はない。ただ議論のとば口が怜悧に、明瞭に存在する。よってSFとは私たち人間から最も遠く、かつ最も近い物語だ。人は遠い宇宙の果てと、内なる己の深淵を想うことができる。その事実と希望こそが人間を描き、未来を創ることなのだと、私は思う。

シンギュラリティ:人工知能から超知能へ

著者:マレー・シャナハン、ドミニク・チェン、ドミニク・チェン、ヨーズン・チェン、パトリック・チェン
出版社:エヌティティ出版

表紙画像

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