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黄色いマンション 黒い猫 [著]小泉今日子

2016年07月31日

■重すぎず、感傷に走らず

 1980年代を代表するなんてったってアイドルのエッセー集、と書こうとして手が止まった。著者はアイドルだった? そもそもアイドルってなんだ。
 アイドルを、仮に「ファンを萌(も)えさせるべくプロデュースされた芸能人」と規定するなら、82年、松田聖子そっくりのヘアスタイルで「私の16才」を歌ってデビューしたときの著者は、アイドルだった。けれど、キョンキョンらしい精彩を放つのは、髪を切り「まっ赤な女の子」(83年)を歌ったあたりから。所属事務所の周防郁雄社長によると、往時の刈り上げヘアは「本人が自分でやりたくてやった」(「MEKURU vol.07」ギャンビット刊)。100万枚を超える大ヒットとなった「あなたに会えてよかった」(91年)は自らの作詞だ。
 だからといって、常に自己主張をしたり、自己プロデュースにこだわったりするタイプでもない。例えば彼女は撮られた写真を発表前にチェックしない。「何故か悪趣味に思えてしまう」と書いている。そこはあるがままでよし、なのだ。
 本書は雑誌「SWITCH」連載の「小泉今日子 原宿百景」が元になっている。編集部によると、表題の通りテーマは原宿。ただ各回の内容は、ほぼ著者にお任せだった。
 彼女の原宿は消えた建物、無くなった店だらけの追憶の街だ。両親の別居、級友とのタイマン(一対一のケンカ)など、中学校時代の思い出も交じる。しかし何より印象に残るのは亡くなった人、消えた命の多さである。病死した父と長姉、早世した幼なじみや後輩アイドル、師と呼ぶ久世光彦、恩人・川勝正幸、そして愛猫「小雨」……。
 より多く、もっと前へという思惑と仕掛けに満ち満ちた東京では忘れさられがちな死を、著者は重すぎず感傷に走らず、すっと記す。「そこがちょっと足りない感じなんだよね」。つぶやきが聞こえる気がする。この人、職業「小泉今日子」としかいいようがない。(鈴木繁=本社記者)
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 スイッチ・パブリッシング・1728円=2刷4万5千部。今年4月刊行。担当編集者は「自らの経験を赤裸々に書きつづった文章の力が、幅広い世代の共感を呼んでいます」。

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