文豪の朗読

有吉佐和子「華岡青洲の妻」 木内昇が聴く

2016年12月11日

1966年に発表、翌年舞台化された「華岡青洲の妻」の稽古場を訪れた有吉佐和子(1931~84)

■声に宿る、戦う人生の凄み

 戦後の女性について、有吉佐和子はこう語っている。「幸福を追い求める姿勢に厳しさがたりない」。1960年代流行したコピーに、「家付きカー付き婆(ばばあ)抜き」がある。マイホームに車持ちだが姑(しゅうとめ)はいない環境が、望ましい結婚という風潮だ。有吉は「一概に女の一生はこうあるべきだとは言えない」としながらも、果たして「楽」をした先に「幸福」が待っているのだろうか、と疑問を投げかける。
 『華岡青洲の妻』は、嫁姑の確執を扱った物語だ。才色の誉れ高い於継(おつぎ)に幼い頃より憧れ、その長男である青洲(せいしゅう)のもとへ嫁いだ加恵。当初は良好だった嫁姑の関係は、医者としての修業を終え実家に戻った青洲を巡り、変じていく。彼を真に支えるのは、母か嫁か。女の意地がぶつかり合うのだ。
 朗読されるのは、青洲が開発した麻沸湯(麻酔)の人体実験に我こそ使ってくれろと於継と加恵が懇願する緊迫の場面である。読み上げる有吉の声は低く、落ち着いている。しかしその奥底に地吹雪に似た凄(すご)みをたたえていて、青洲を前に功を競う嫁姑の抜き差しならない応酬をより迫力あるものにしている。
 母は嫁が跡継ぎを生めぬことを突き、嫁は姑の年寄りであることを刺す。が、各々(おのおの)の言葉は周到なオブラートにくるまれており、表面的には互いをいたわり合っているようにしか聞こえない。女とはなんと怖いものか、と幾度となく身震いした。
 彼女たちにとっては家の中がすべてなのだ。だからこそ自らの優位を勝ち取ろうと躍起になる。それを、さもしいことだ、と笑う気にはなれない。女としての幸福を厳しく追い求める姿が、確かにあるからだ。その世界が小さかろうが大きかろうが、於継にも加恵にも、身を挺(てい)するほど大切にしている場所がある。それは本来、幸せなことではないか。
 有吉佐和子の声に宿る地吹雪もまた、他におもねらない自分の人生を戦ってきた証しに思える。自らが置かれた場所で精一杯(いっぱい)努めることの崇高さを、その声は静かに伝えている。
    ◇
■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。元になった「月刊朝日ソノラマ」は、朗読やニュースなどを収録したソノシート付きの雑誌です。録音にまつわるエピソードも紹介しています。特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/

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