大佛次郎「赤穂浪士」 本郷和人が聴く

[文]本郷和人(歴史学者)  [掲載]2016年12月18日

大佛次郎(1897~1973)。66年、大佛次郎記念館提供 拡大画像を見る
大佛次郎(1897~1973)。66年、大佛次郎記念館提供

表紙画像 著者:大佛 次郎  出版社:新潮社 価格:¥ 926

■自由人・内蔵助の敵討ち

 1927年(昭和2年)3月、蔵相の「失言」をきっかけとして折からの金融不安が一挙に表面化し、取り付け騒ぎが発生した。台湾銀行が休業に追い込まれ、多くの中小企業が倒産し、失業者が町にあふれた。世にいう「金融恐慌」である。
 『赤穂浪士』が書かれたのは、まさにその頃であった。それまでは政府が重んじる「忠君愛国」に則(のっと)って「赤穂義士」と呼ばれていた人々を、大佛次郎は職を失った「浪人=浪士」として捉え、彼らの生き様を活写した。
 浪士たちを見つめるのは主人公である堀田隼人。架空の浪人者である彼は、上杉藩家老の千坂兵部に雇われ、蜘蛛(くも)の陣十郎やお仙らとともに、大石内蔵助以下の動静を探る。彼は現代に生きる私たちの分身である。
 私たちは「忠臣蔵」を知っているので、武士が主君の無念を晴らす行為に違和感を覚えない。だが当時の敵討ちは、「曾我兄弟の敵討ち」がそうであるように、あくまでも個人的なもの、目上の親族(父や兄)の仇(かたき)を討つものであった。主君の仇討ち、まして徒党を組んでのそれは、存在しなかった。
 戦国が終わり、江戸幕府が開かれてほぼ100年。軍事よりも経済。武士の面目よりもカネ。そういう世相の中に生きる内蔵助は、元来が自由人であった。だから家老の地位を失ってもあわてず騒がず、吉良上野介なる一老人というより幕府を相手に、堂々と異議を申し立てる。幕府より前からあった「武士道」に己のよりどころを求め、自身の生命すら利害得失の外に置いて、主君の敵討ちという前代未聞の難事を成し遂げる。
 その内蔵助の自由闊達(かったつ)な人間性を、隼人と陣十郎は確認しあう。大佛が朗読にこの場面を選択したのは、世情がどうあれ、一人の人間として存分に生きることの大切さを言いたかったためではないか。大佛の説得力のある声は、ストレス過多な現代に生きる我々にも、実に重く響いてくる気がする。
    ◇
 1960年代に発表された朝日新聞が所蔵する文豪たちの自作の朗読を、識者が聴き、作品の魅力とともに読み解きます。
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■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。元になった「月刊朝日ソノラマ」は、朗読やニュースなどを収録したソノシート付きの雑誌です。録音にまつわるエピソードも紹介しています。特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/

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赤穂浪士〈上〉 (新潮文庫)

著者:大佛 次郎/ 出版社:新潮社/ 価格:¥926/ 発売時期: 2007年11月


赤穂浪士〈下〉 (新潮文庫)

著者:大佛 次郎/ 出版社:新潮社/ 価格:¥926/ 発売時期: 2007年11月


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