「幸せ」って 異なる価値観に出会い考える

2017年01月08日

国是に国民総幸福量(GNH)の追求を掲げるブータン。首都ティンプーで=2012年

 自分は幸せだろうか。
 仕事があり、家族もみな健康なら、自分の幸せに疑問を感じるなど贅沢(ぜいたく)な話かもしれない。それでも問わずにはいられないのは、昨今、世の生きづらさが増してきた気がするからだ。
 『メメントモリ・ジャーニー』の著者は、まだ30代だが、死について考えている。死ぬのは怖くないものの、死の前に待っているみじめさや苦痛が怖い。ポックリ死ねる人は少ないと聞いて震え、退職後の資金が3千万〜4千万円必要と聞いて肩を落とす。年金だってもらえる気がしない。
 「自分もいつか袋小路で息が止まるんだろうか」
 今の時代、こうした不安を覚える人は少なくないだろう。彼女は前向きに生きるための何かを掴(つか)もうと、自分の棺おけを作りにガーナへ行ってみたりする。支離滅裂なようでも、その行為の底に流れる切実さは自分のことのようにしっくりくる。旅をしながら考えるのは、異なる価値観に出会えるからだ。

■国民性の違い?
 沢木サニー祐二著『「おバカ大国」オーストラリア だけど幸福度世界1位! 日本20位!』(中公新書ラクレ・842円)は、オーストラリアと比較するなかで、日本人の勤勉さや生真面目さが幸福の妨げになっていると説く。
 オーストラリアには「シッキー(Sickie)」という言葉があるそうだ。病気(Sick)まではいかないが、「なんだか具合が悪い気がする」という意味で、月金や連休明けにはシッキーが頻発するというからおかしい。
 夜のニュースが毎日、定時より3〜5分、ときに15分も遅れて始まったりするとか、こつこつ努力するのは意味がないと考えている国民性とか。お気楽そうだが、はたして日本人はそんなふうになれるだろうか。

■完璧目指さない
 他国と比較しつつ幸福を探し求めるのは、外国人も同じだ。
 『世界幸福度ランキング上位13ヵ国を旅してわかったこと』は、幸福に関する調査で上位になったことのないドイツの女性が、幸福度の高い国(パナマや北欧)を旅して回ったルポである。
 完璧を目指さない、お金で豊かになれると考えない、家族や仲間を大切にするといったよくある提言が多いが、幸福度の高い人々が異口同音にそう言うのだから、実際そうなのだろう。
 「多くのことをやり遂げたり、次々とアポをこなしたりしても、デンマークでは尊敬されない」「仕事でストレスを感じないことが重視されています」
 うらやましいとしか言いようがない。
 『世界しあわせ紀行』の著者は米国のジャーナリスト。幸福度が高い国だけでなく、逆に低いモルドバやお金の有り余るカタール、「国民総幸福量(GNH)」の追求を国是とするブータンなども訪れている。モルドバ国民の根深い相互不信感や、裁判官まで外国人にやらせるカタール人の働かなさに唖然(あぜん)とする。
 文中に引かれているカナダ人作家の助言「もしも不幸なら、そのことを心配するのをやめて、自分にしかない不幸からどんな宝を引き出せるかを考えてみるといい」には癒やされた。
 ただ、幸せ探求本を読んで思うのは、他者の価値観を見習い、生きづらさを解消しようとしても、限界があるということだ。多少癒やされ勇気づけられることはあっても、即座に自分が幸せを手にできるわけではない。
 おそらく、結局は自分が行動を起こすかどうかなのだろう。
 『メメントモリ・ジャーニー』には、著者が「不安に思って急(せ)いていた気持ちを、自分で手を動かすことによって」楽になっていく心境が綴(つづ)られている。
 人は何かに挑戦するとき、知らず知らず幸せの鍵を手に入れるのかもしれない。
    ◇
 みやた・たまき エッセイスト 64年生まれ。『旅するように読んだ本』『日本全国津々うりゃうりゃ』。

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