応仁の乱 [著]呉座勇一

2017年02月12日

■日本史上最も重要な大混乱

 応仁の乱は、日本史上最も重要な出来事かもしれない。少なくとも東洋史学の泰斗、内藤湖南はそう言っていた。現在の日本につながる歴史、「我々の身体骨肉に直接触れた歴史」はこのときから始まった、と。それなのに、応仁の乱が何か、答えられる日本人はほとんどいない。原因は何か。誰と誰が何を賭けて戦ったのか。誰が勝ったのか。本書が教えてくれる。
 乱の直接のきっかけはささいなことである。ある名門武家の家督争いに周囲が干渉してしまったとか、「オレの顔を潰された」と思った武将がいたとか、そうした類(たぐい)のことだ。当事者たちも、すぐ片がつくと思っていたはずだ。ところが、ここに夥(おびただ)しい数の武士たちが、いろいろな思惑から絡んでくる。だから、それぞれ違う目的で戦っている。誰が敵で誰が味方かもだんだんわからなくなり、ついさっきまで味方の大将だった者が、急に敵の大将になっていたりする。途中から、当事者たちもなぜ自分たちが戦っているのか、どうやったら戦いが終わるのか、わからなくなっていただろう。
 けっこう学術的なこんな本がよく売れることに、ふしぎを感じる。が同時に、多くの読者をもつに値する本だとも思う。めちゃくちゃ錯綜(さくそう)した経緯をおもしろく飽きさせずに読ませてしまう著者の筆力は半端ではない。中世史学者としての独自説もたくさん提起される。
 で結局、応仁の乱とは何なのか。本書から私が学んだことはこうなる。それは、かつて一度は成立した、天皇・公家と武家の間の、京都と地方との間の奇跡のバランスの最終的な破綻(はたん)の現れだった。次のバランスを模索する過程が戦国時代になる。
 乱の当事者たちが渦中で意識している打算のちまちまとした細かさと、乱が全体として客観的に有する歴史的意義の大きさの間には、目がくらむほど大きなギャップがある。だが、もしかして、現在のわれわれも、同じような状況の中にいるのだとしたらどうだろうか。(大澤真幸=社会学者)
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 中公新書・972円=11刷11万部 16年10月刊行。「ネットに親和性のある若年層の読者の割合が高く、東京だけでなく、“ご当地”関西でも好調です」と担当編集者。

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